風間さんと駅前を歩き、道端のお店に寄り、いろいろな話をする。
こういう一般的なデートというものを、彼と当たり前にできる…。
その喜びを、楽しさを、私はまだ実感しきれずにいた。

「ほら、手を貸して」

微笑みながら手を差し出す風間さんに、おずおずと自らの手を差し出す。
そうして彼と温もりを共有すると、恥ずかしさと共にその実感が湧いてくるのだ。

あの日以降、風間さんは他の女の子との約束を一切しなくなったという。
友達に今回の件をこっそり報告すると<あの風間さんが…ありえない>と呆然としていた。
私が付き合っていることよりも、突然一途になったことに驚きを隠せない様子だった。
何かあったらすぐに言いなさいよと再び胸を叩く友達の気遣いに感謝しながら、改めて風間さんと付き合っている事実を噛み締めるのだった。



「ほら、ここだ。紅茶の種類には定評があるんだよ」

とある日曜日。
私は風間さんと郊外に来ていた。
駅前は学校帰りにいつでも寄れるからという彼の提案で、今日は郊外でゆっくり過ごそうということになった。
彼は私が気に入りそうなお店を細かくチェックしてくれている。
いつかのお昼休みに呟いた<コーヒーより紅茶が好きです>という一言を覚えていてくれた風間さんは、ちょうど郊外にいい店があると教えてくれた。
個人経営らしいそのカフェは、豊富な種類の茶葉を扱っていて、それらを見ているだけでとても楽しめた。
店員さんと話し、おすすめの茶葉を買ったところで、一息つこうと店内のテーブルにつく。
注文した紅茶とパウンドケーキが来るまで、会話は尽きることがなかった。
自分の好きなもの、気になっているもの、相手の知りたいこと…。
これまで触れなかった話題に溢れるその時間が、私は好きだった。
以前はこんな風に過ごせる日が来ると予想できなかったから。

ぎこちない手つきで風間さんに手を差し出すと、カフェを出て帰路に着く。
デートをする機会はとても多いが、毎回あっという間に時間が過ぎてしまう。
手を繋いで帰る道中はその気恥ずかしさから常に緊張しているけれど、寂しい気持ちもあった。
もっと一緒にいたい…。
明日学校で会えるのだとしても、デートの約束があるとしても。
夕日に染まる風間さんの横顔を見るたびに、その思いが胸をぎゅっと締め付ける。

「恵美ちゃんは」

ふと話題を改めるように、風間さんが真剣みを帯びた声で私を呼んだ。
その雰囲気に思わず足を止めると、彼が私の目を見つめながら続ける。

「帰り道、いつも寂しそうだね」

その視線から、私の心の内が見透かされているようで、申し訳ないような気持ちになる。
今の心情を正直に吐露すると、彼は子供をあやすように笑った。

「…もう、可愛いな、恵美ちゃんは」

そうして、ふわりと。
私の体を優しく包み込むのは、彼の温もり。
突然のことに頭が真っ白になる。
こんな風にされるのは初めてで、どうしたらいいかわからない私の両手は空を掴む。

「僕もだよ。離れたくない、もっと話していたい、可愛い顔を見ていたいって、いつも思ってる」

徐々に彼の両手に力が込められ、私は風間さんと完全に密着する形になる。
人気のない道端に、私たちの重なる影が長く伸びている。
彼の心臓の鼓動が直に伝わってきて、その感覚に眩暈がしそうだった。

「すごく嬉しいよ。でも大丈夫、ちゃんと明日も会えるから」

そうして体を離すと、優しく頭を撫でられる。

「君と家路に着くのも僕の楽しみなんだ。付き合ってくれると嬉しいな」

再び手を繋ぎ、先導しながら彼はにっこりと笑った。
私も笑顔で頷き返し、家までの道をゆっくりと踏みしめて帰った。



デートも日を重ね、私が手を繋ぐことに慣れた頃。
私は風間さんを家に招いていた。
以前買った紅茶を飲みたいというと、彼は<じゃあそれに合うお菓子を一緒に買いに行こう>と笑って応えてくれた。
駅前に集合し、ケーキを買い、その足でわが家へ向かう。
両親が仕事で日中いないことを伝えると、彼の顔が少しリラックスした表情に変わった気がした。

「いただきます」

私が紅茶を淹れてくると、二人で手を合わせて紅茶とケーキに口を付ける。
風間さんは本当に物知りで、彼に勧められたケーキは紅茶との相性が抜群に良かった。
彼とおいしいものを共有できる喜びに満たされ、私は心から幸せを感じていた。

ケーキを食べ終え、片づけを済ませると、私たちはまったりと過ごした。
こんな風に笑顔でおしゃべりができる日が来るなんて。
そう嬉しく思っていると、不意に彼の笑顔が消えた。
私は何かしてしまったかと、顔を強張らせながら彼の名を呼んだ。

「風間さん…どうかしましたか?」
「恵美ちゃん」

風間さんは私の名をしっかりと口にすると、私を力強く抱きしめた。
突然どうしたんだろうという焦りのようなものが先行し、恥ずかしさはなかった。

「風間さん…?」
「君を失望させてしまうかもしれないけど…」

そう言って体を離すと、目の前に風間さんの顔が迫る。
私を抱きしめていた手は頬に添えられ、私はただ目を見開くことしかできない。
風間さんは緊張しているような、何かを我慢しているような表情で私を見つめ続けている。
言葉の続きを待っていると、彼はぎゅっと両目を閉じて深呼吸をした。

「僕は、恵美ちゃんが好きだ」
「…私も、風間さんが、好きです」
「君と毎日のように会って、話をして、同じ時間を共有して…。それが今一番の喜びなんだ。でも」
「……でも?」
「…情けない男だ、僕は。僕は、君をもっと」

風間さんの手が、ゆっくりと頬を撫でる。
至近距離に映る彼の瞳は大きく揺らいでいるように見えた。

「…もっと、欲しいと思ってしまう」
「……ほし、い?」

言葉の意味が分からず聞き返すと、お互いの鼻が触れそうなほど顔が近づく。
緊張と恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうなのに、頭は冷静だった。
彼が泣き出しそうな顔をしているからだろうか。
彼の求めるものを知りたいからだろうか。

「…言ってください。風間さんが、どうしたいのか」

彼は以前<どうしたいかちゃんと伝えてほしい>と私に言ってくれた。
私も同じ気持ちだ。
私にできることなら応えたいし、我慢してほしくない。
その言葉に震える吐息を零すと、風間さんはくしゃっと笑いながら私を再び見つめた。







観念したような表情の彼が、続けて言う。

「………君に、もっと、触れたい。今よりもっと」

情けない男だろうと嘲笑する彼に、私は即首を横に振って答えた。

「そんなこと…ないです。恥ずかしいですけど…風間さんなら、私も、」
「目を閉じて」

真剣な声で彼が遮る。
これから起こるであろうことに、緊張から全身が強張っていく。
それを振り切りそっと目を閉じると。

「恵美、好きだよ」

甘い囁きと共に、唇に初めての熱を感じた。
大好きな彼の温もり。
もっとそれに包まれていたいという私の本心は、まだ告げられそうにない。



EHL.