君と一緒に見た夢の続き



『まこちゃん、すき!』
『ぼくも、すき!だからこれ、あげる!』
『わあ、きれいなおはな…ありがとう!だいじにするね!』



………それは、幼い頃の愛おしい記憶。



朝日がやんわりと入り込む、その暖かさで自然と目が覚めた。
…懐かしい夢を見た。
当時の感覚に出来るだけ近い気持ちで余韻に浸りながら、登校の準備を始める。
小さい時の夢を見ることはあまりないので新鮮だし、心が温まる感じがする。
朝ご飯を食べ、いつもの時間に家を出た。
そして彼が待っているであろう、いつもの場所へ足早に向かった。



「おはよ、誠」
「おう、おはよ」

お互いに軽く手を挙げて挨拶を交わす。
彼とは物心つく前からの付き合い…所謂<幼馴染>ってやつだ。
幼稚園も一緒、小学校から高校まで学校も同じ。
隣で過ごすのが当たり前というくらい、家族同然の付き合いをしている。

「こうして一緒に登校するのもあと少しだね」
「高校生もあっという間だったな」

そんな私たちも三年生になり、部活の最後の大会や受験を経て、あと数日後には卒業式だ。
お互いに大会の応援に行ったり、受験勉強で頭を突き合せたり、合格祈願のお参りに行ったり…。
彼の言う通り、振り返ればすべてがあっという間だった。
卒業式の練習はしていても、卒業と口にしてみても、実感がまだ湧かない。

「そういえば今日、小さい時の夢を見たよ」
「小さい時?」
「うん、誠からお花をもらった時の夢」
「花?そんなもんあげたっけか」
「もらったの!」

そっけない彼の反応に若干ムキになると、悪びれる様子もなく笑う。
きっとそういうだろうと思っていたから、ショックとか怒るような気持ちは特にない。
自然と話題は他に移り、あっという間に学校へ着いてしまった。

授業ももう少なく、卒業式の練習を最後に、午前放課になった。
彼は部活の後輩との約束があるとのことで、私は先に帰宅する。

「ねえねえ、新堂くんと結局付き合わないの〜?」
「そうだよ、みんなそう思ってるよ?」
「ただの幼馴染だってば」

迫る卒業を惜しむ話題は欠片もなく、友人たちは矢継ぎ早に彼との関係を深堀りしてくる。
部活があった時はそれぞれ練習があったから、ほとんど別に登下校していた。
それが引退後は一緒に登下校していたので、友人の間で盛り上がっていたらしい。
元々幼馴染だということを知っていたはずなのだけど…。
この年齢の女の子はこういった話が好きなんだなと、つい第三者的な考えを浮かべてしまう。

「恵美から告っちゃいなよ!」
「そういうんじゃないってば」
「お似合いだと思うけどな〜」
「だ〜か〜ら〜…」

友人の意見をのらりくらりと交わしているうちに、分かれ道まで来てしまった。
本当にもう卒業なのに、せっかくの時間がこの話題で終わってしまうとは…。
まあ、それが私たちらしいが。
そう言い聞かせながら家に入り鞄を置くと、名残惜しいような気持ちが胸に残った。
…卒業か。
彼と大学まで一緒になることはなかった。
最寄り駅までは一緒なのだけど、彼はスポーツが盛んな大学へ、私は文系の大学へ進学することになった。
大人になったということなのか、一緒にいることよりも、お互いがしたいことを考えて進路を決めたのだ。
時間が合えば大学前までは一緒に行けるね、なんて笑い合ったけれど。
これまで当たり前だったことが、これから変わっていく。
友人とのやりとりだけでなく、その事実が、胸にしこりのような違和感を残すのだ。
変化に乏しかった今までとの変わり様に、まだ私自身の気持ちが追い付いていなかった。

時間は待ってはくれない。
その数日後。
私たちはとうとう卒業式を迎えた。



「卒業式だな」
「ね」

珍しく彼から卒業の言葉が発せられる。
これまでそういった話題は私からしていた。
いよいよの行事に、柄にもなく緊張しているのだろうか。
いつもより表情は強張って見えた。

「式が終わったらうちに来て。お母さんが卒業祝いで夕ご飯作ってくれるって」
「おう、サンキュ」

幼馴染故のフットワークの軽さ。
これももう最後になってしまうのかな…。
柄にもないのは私も同じだった。
違う大学へ進学すると決まった時から、自分に言い聞かせていたことなのに。
事実に直面すると、寂しいという気持ちでいっぱいになる。

「終わったら一回うちに寄っていいか?鞄置いてくからよ」
「うん、わかった」

いつもと変わらないやり取り。
それでもお互いに卒業を意識してか、少し緊張感を漂わせながら、最後の高校へ歩いて行った。



「恵美〜これからも友達だからね…!」
「ご飯とかショッピングとか行くんだから〜」
「はいはい二人とも泣きすぎ」

卒業式を終え、ホームルームで先生から最後の言葉をもらい、解散した後。
私は泣きじゃくる友人たちをなだめていた。

「私にとって大切な友達だよ?これからも仲良くしてよ」
「ううう恵美〜!」
「結婚するとき絶対連絡してね!」

とりとめのない話を繰り返しながら、高校生最後の時を過ごす。
周りの卒業生たちも、下校なんて目にもくれず、泣いたり笑ったりして騒いでいた。

「新堂くん待ってるんでしょ?」
「そうだ、行ってあげなよ」

ふと二人が思い出したように話題を変えたことで、私たちはそれぞれ別れることになった。
卒業もたっぷり惜しんだし、二人も部活の後輩たちに会いに行くらしい。
また連絡するからと手を振りながら、私は校門へ向かうことにした。
先に校門へ向かう彼の姿を確認すると、走ってその背を追いかけた。

「誠!」
「おう、ちょうどよかったな」
「うんっ」

軽く息を整える姿を笑われながら、並んで彼の家へ向かう。
制服姿でこうして歩くのも最後…。
思い出さないようにしていた名残惜しい気持ちが、じわじわとこみ上げてくる。
彼はそれを察してか、卒業に関する話題は口にしなかった。
卒業式のあった日なのに、でもその配慮が今は嬉しかった。

「夕飯楽しみだな」
「誠の好物用意するって言ってたよ。メインはたこ焼きじゃない?」

以前たこ焼きパーティーをしたことがあったから、きっと材料だけ用意して後は好きにして、のパターンかもしれない。
焼いて出してもらえるかは怪しいが、自分たちで焼くのも楽しいからどちらでもいいか。
程なくして彼の家に着き数分、彼は袋を手に合流した。

「別にいいのに」
「そういうわけにもいかねえだろ」

再び並んで歩く。
うちに持っていくお土産だそうだ。
そんな気を遣うような関係でもないのに。
そうして歩いていくと、懐かしい公園が見えてくる。
彼の家を経由してうちに向かうと、必ず通る公園。
それは私たちが小さい時に遊び場にしていた場所だった。

「なあ、少し寄ってかないか?」
「ふふ、いいよ」

私もそう思ってたんだというと、ちょうどよかったと彼も小さく笑った。
数日前に夢の話をしたからだろうか。
二人で公園に踏み入ると、当時の光景が瞼の裏に浮かぶようだった。

「懐かしいね」
「そうだな」

言葉少なに、周囲をぐるりと見回す。
彼も当時を思い出してくれているのか、目線をあちこちに動かし、たまに留めて目を細めている。

「この花畑、まだあるんだね」

私は隅にある花畑の前にしゃがみ込む。
幼い私は花が好きで、よくここの花を摘んで遊んでいた。
花壇というほど整備されていないが、誰かが種を蒔き手入れしているのか、毎年違う花が咲いている。
それが楽しくて仕方なかった。
ふと夢の内容を微かに思い出す。
彼から花をもらった、あの夢。
目の前の光景と夢の余韻に浸っていると、真後ろにいるらしい彼の小さな咳払いが聞こえた。

「恵美」
「なあに?」

体勢はそのままに返事をするが、彼から反応はない。
不思議に思って立ち上がり振り返ると、視界にまず鮮やかな紫色が目に入った。
そして、その後ろにある、彼の真っ赤な頬。
事態が呑み込めずその二つを交互に見ていると、ぐっと閉じた口が恐る恐る開かれた。

「恵美……………だ」
「ん?なに?」

聞き返した私を力強く見つめると、彼は意を決したように口を開いた。

「好きだ」

思いがけない彼の言葉に、金縛りにあったように全身が硬直する。
それに反し、心臓はばくばくと忙しく音を立てている。
真っ白になる頭を落ち着かせると、不意に夢の光景がフラッシュバックした。

『まこちゃん、すき!』
『ぼくも、すき!だからこれ、あげる!』
『わあ、きれいなおはな…ありがとう!だいじにするね!』

…そうだ。
夢ではぼやけていたけれど。
今、思い出した。

「誠……覚えててくれたの?」
「…いや、思い出したんだ。お前の話で」

数日前、登校しているときに話した夢のこと。
あの時は流していたけれど、彼はちゃんと覚えていてくれたんだ。
記憶が曖昧になっていた自分を申し訳なく思うと同時に、愛おしい記憶が蘇ってくる。
そう、幼い彼はあの時…。

姿は大きくなったけれど、その光景は当時のまま。
<ぼくもすき>と言って渡してくれたものと同じ花を、目の前の彼は抱いていた。
それをもらった当時の私は、枯れてしまうまで毎日大切に水をあげていたのだ。

「恵美、好きだ」

彼は腕の中にある花を、不慣れな様子で私に差し出す。
目の前にあるのは、一輪の紫色のチューリップだった。
幼い頃から思い入れのある花。
その姿がぼやけ、歪んでいく。
頬を温かな水が伝っていくのをそのままに、私は出来るだけの笑顔で手を伸ばした。

「わたしも……好き。誠…」

私がチューリップに触れるより先に、彼が私を引き寄せた。
彼の胸に閉じ込められ、動揺より先に安心感が私を満たす。
私の頭をやわらかく撫でながら、彼は微笑んで言った。

「サンキュ。…大切にするから」



君と一緒に見た夢の続き



幼い頃と同じように手を繋ぎ、もう片方の手にはチューリップを抱く。

「あの時と逆になっちゃったね」
「嫌か?」
「ううん。……嬉しいよ」

きゅ、と彼の手に力が込められる。
あの時の<すき>のその先へ。
私と誠とで、これからも一緒に歩いていくのだ。



「でも偶然ってすごいね」
「何がだよ?」
「紫色のチューリップの花言葉、知ってる?」
「知らないな」
「……不滅の愛」
「………!」
「ほっぺ赤くなってるよ」
「うるせえ」



title by 夢見月* short01



EHL.