校門とは、校舎や校庭への出入り口であり、ほとんどの生徒が利用する場所である。
つまり。
多くの生徒の目に入る場所である。
「恵美っ!」
「………」
それを、この人はわかっているのだろうか。
「またやってる……」
「毎日だよね」
「ひゅ〜ひゅ〜」
外野のひそひそ声は全て聞こえている。
私の纏うオーラを察してか、そういったコメントのほぼすべては目の前の男に向けられているのだが。
それでも私は関係者だから、いつも小さな棘がさくりさくりと全身に刺さっていくような感覚だ。
私以上にこの状況を気にしていない目の前の男を殴り倒してやりたい。
「待たせてすまなかったね。さあ、今日も二人で帰ろう」
「もうちょっと声のボリューム下げて…」
まず、私にかけられる一言一言の音量が大きい。
喋るときの声量を大幅に上回っているため、周囲の生徒には丸聞こえだ。
中には大きな声なので、何事かと振り向く生徒さえいる。
そんな中この男は、当たり前と言わんばかりに片手を握ると、先導するように歩き出す。
声に引き付けられた生徒たちがその光景を見て、先ほどのようなコメントを残すのだ。
恥ずかしさで今すぐ消えてしまいたい。
そう思って普通にしてくれと懇願しても、この男には伝わっていない。
毎日こうした放課後の繰り返しなのがその証拠だ。
そもそも。
風間望という男は、このマンモス高校において結構有名人なのだ。
五百円を代金にこっくりさん占いをし、フェミニストで女子生徒からの人気も高い。
うさん臭さに溢れているが、占いは当たるようだし、蔑ろにされた女子生徒はいないらしいから、それはまだいい。
そんな男が一番目立つ校門で、目立つ言動をしていれば、それはまあ、目立つ。
普通の人ならわかるはずなのだけど。
しかし私自身が普通の人間ではないから、あまりそういったことは言えないかもしれない。
こんな男を、彼氏にしてしまったのだから。
満面の笑みで私の手を優しく握り、ゆっくりといつもの喫茶店に向かう。
彼を有名人と称したが、実は私は彼の存在を知らなかった。
元々そういった存在に興味はなく、自分の世界が保たれていればそれで良しとする人間だったのだ。
それがたまたま彼の目に留まり、彼の興味を引き、結果声をかけて来た。
無垢な私はその誘いに頷いてしまったのだ。
それがすべての誤りだった。
『きみ、すごく可愛いね。良ければ付き合わないかい?』
『私?私で良ければ…』
付き合うの意味を掛け違えていたわけではない。
悔しいが、彼を一目でかっこいいと思ってしまった。
この人なら付き合ってもいいと、思ってしまった。
その気持ちが、初対面だから友達から、という台詞を腹の底に押し込めてしまった。
人生最大の後悔である。
そんな回想をしているうちに、いつもの喫茶店に到着した。
席に案内され、お決まりのメニューを注文すると、彼は再びにこにこしながら私を見つめた。
「…そんなににこにこして」
「だって、恵美と二人で過ごしているんだよ?嬉しくないわけがないじゃないか」
私の<校門で目立つことはしないで>という再三の非難も見事にスルーし、幸せそうな顔を崩さない。
そんな顔もかっこいい。
これは嘘ではない。
でも、やっぱり大勢の前でされると嫌なことだってある。
いい加減わかってもらいたかった。
「…あのさ」
「何だい?」
「前から散々言ってるけど…どうして校門であんな目立つことするの?恥ずかしくて登校拒否したくなるんだけど」
「それなら毎日僕が送り迎えをしてあげるよ」
「あ、それはいい」
話を切り出したはいいものの、早速論点をずらされたので、軽くにらみながら話を戻した。
「すっごく恥ずかしいの。どうしてあんな大きな声で話すの?」
「君が好きだからさ。当然だろう?」
「私が好きだと、どうしてああいう行動するの?」
現に今、喫茶店のテーブルで話していても、校門での振る舞いは微塵も感じられない。
あの場ではわざとああしているということだ。
その必要性がわからず、今日こそはその理由を問い質したい。
真剣な顔で見つめていると、小さくため息をついて彼は口を開いた。
「だって君はこんなに可愛いじゃないか」
「答えになってないよ」
「こんなに可愛いから」
「……うん」
可愛いを連呼されるとこれもこれで恥ずかしい。
照れを隠すようにぎこちなく相槌を打つと、手を握る力を強めながら彼は主張した。
「他の誰の物にもなってもらいたくないんだ」
「他の誰の物にもならないよ」
「誰かが言い寄ってくるのさえ嫌なんだよ」
さすがに毎日のようにああしていたら、誰も声なんて掛けてこないだろう。
その言葉を飲み込みながら、次の一言を待った。
「だからあの場で、恵美は誰にも渡さないってアピールしているんだ」
ひときわ大きな鼓動が、胸から全身を駆け巡る。
そんな馬鹿な、という気持ちが、嬉しいやら恥ずかしいやら、入り乱れた気持ちで埋もれていく。
相手がどんなに自分を好きでいてくれているか。
それを知って、嬉しいと思わない人はいるだろうか。
彼の顔を見ていられず俯くと、ちょうど注文したドリンクとスイーツが目の前に置かれる。
その香りに鼓動を落ち着けていると、彼は元のにこにこ顔でコーヒーに口を付け始めた。
それを合図に話は中断され、いつものおやつの時間が始まったのだった。
他愛のない話をしていても、先ほどの彼の言葉が耳について離れない。
顔が赤くなっていないかが心配だった。
お茶の時間が終わり、帰路に着く。
彼は相変わらず私の手を握っている。
その手を不意に離すと、彼は至極悲しそうな顔で私を見つめて来た。
どうしたんだいと言いたげな顔に、前向いて、と語気を強めて命令のように言う。
とりあえず言われるままに、と前を向いた彼の手に、ぎこちなく自分の手を絡める。
彼が握ってくれるのとは違う、互いの指を絡ませる、いわゆる恋人繋ぎ。
彼がそれに気づいたと同時に、その手を引っ張るように先導して歩き出すと、彼がやさしく握り返してくれた。
てっきり茶化されるかと思ったから、その対応に安心するような気持ちになった。
「…ありがとう、恵美。すごく嬉しいよ」
私の気持ちは全てお見通しなのだろうか。
悔しい気持ちになりながら、真っ赤に染まった頬が見られないように、とにかく足を前に運び続けた。
風間望が好きなのだ。
彼の気持ちが嬉しいのだ。
その気持ちを、伝えたかった。
明日から少しは、校門での待ち合わせも楽しみになる。
待ち伏せが待ち合わせになってしまった