待ち合わせ場所は間違いなくこの扉の先だ。
しかし私は一歩が踏み出せずにいた。
<立ち入り禁止>
目の前の扉の中央には、そう書かれた紙が貼り出されている。
普通の人であれば、この文字を見て踵を返すだろう。
私は何度も貼り紙の文言を見たり、彼との約束を思い返したり、それを交互に繰り返していた。
『明日の放課後、屋上で落ち合おうぜ』
…確かに彼は、そう言っていた。
何度記憶を辿っても、彼の発言は間違いない。
こうしている間にも、誰かがここに来て怒られてしまったらどうしよう、という焦りが生まれてくる。
…仕方ない。
良心を抑え込み、恐る恐るドアノブに手をかけると、鍵のかかっていない扉はゆっくりと開いた。
「おう、遅かったな」
「………」
悪びれる様子は一切ない表情で、彼はフェンスにもたれ掛かっていた。
立ち入り禁止じゃない、と抗議しようとしたのだけど、彼があまりにもいつも通りだったので、言う気がすっかり失せてしまった。
彼はズボンのポケットに両手を入れたままフェンスから起き上がると、すたすたと私の背後に向かって歩き出す。
一言も発さない彼に仕方なくついていくと、屋上のドアのちょうど反対側にあるはしごを何食わぬ顔で登り始めていた。
「え、ちょっと…?」
「いいから、付いて来いよ」
屋上に来たことさえないのに、さらにその上に行こうとする彼に、私は混乱していた。
そうこうしているうちに彼の姿が見えなくなってしまい、渋々目の前の梯子に手をかけた。
「ちょっと!」
彼の倍くらいかけてやっと登りきると、さすがに不満が募り抗議の言葉がついて出る。
目の前の彼は聞く耳を持たないと言うかのように、背中をこちらに向けていた。
胡坐をかくその横に体育座りをすると、何怒ってんだよ、と彼は笑った。
「だってここ立ち入り禁止だし、何でここで待ち合わせたかわかんないし、何も言ってくれないし…」
「前、見てみろよ」
「……もう…」
私の言葉を遮る彼に苛立ちながら言われた通りにすると。
「……わあ…!」
目の前に、予想外の光景が広がっていた。
雲一つない空。
紺色の空と青空、夕焼けのグラデーション。
夕日に染まる街。
そんな空を横切って飛んでいく鳥たちのシルエット。
屋上だからこそ遮るものがなく、視界一面にそれらの光景を見ることができる。
すぐに言葉が出てこず、横の彼を見やると、オレンジ色の彼は穏やかな微笑みで私を見ていた。
「きれいだろ」
「……うん」
それ以上の言葉は要らないと、彼は正面へ向き直った。
私はこの景色のすばらしさと、彼がこれを見せてくれた嬉しさでいっぱいだった。
彼に寄り添うように距離を詰めると、一瞬驚いたようだったが、受け入れるように寄り掛かってくれる。
…あたたかい。
夕日の温度も色も、隣の彼も。
私の視線は、自然と彼の横顔に移っていた。
少しして彼も、私を見つめ返してくる。
恥ずかしくて顔を逸らすと、彼の手が頬に触れ、彼の方を向かされる。
一瞬戸惑いが生まれ、そしてその隙に。
「……っ」
唇がそっと重ねられた。
夕日に溶け込むように一緒になる私たちの影。
日が陰り空気が少しずつ温もりを失う中、彼に触れる頬と唇が熱いくらいに感じられた。
立ち入り禁止の扉を開けた罪悪感は、すっかりなくなっていた。
「ありがとう」
校舎を出て、並んで家路に着く。
心に浮かんだ本心を口にすると、照れたようなぎこちない表情で私を見ていた。
「別に、大したことは、してねえよ」
「ふうん」
「なんだよその顔」
少しにやついていたらしい私の顔を指摘してくるけど、緩んだ顔は戻せそうにない。
一言だけでは落ち着かなくて、彼の大きな手を捕まえ、指を絡ませる。
「おい…」
「だって誠、さっきもっと」
「うるせえな」
恥ずかしそうにする彼に屋上での出来事を話そうとして、制されてしまった。
そんな彼の反応がなんだか嬉しくて、手をもう少し強く握った。