健康診断というものは、何て退屈なイベントなのだろう。
大半の生徒は、やれ身長がいくつ伸びただの、やれ体重を教えろだの、他人の結果を知りたがる。
それが何だというのだ。
一部の女子は今日という日のために節制し、少しでも体重を減らしてから臨むという。
…全くもって阿保らしい。
そんな喧騒を尻目に、保健室の入り口真正面を陣取る私は、次々と入ってくる生徒の受付を処理していく。
保健委員としてこの場で仕事をして二回目なのだが、すっかり冷め切った心で臨んでいた。
「あんたって背高いからいいよね〜」
「そんなことないよー!」
(………ほんっと下らない)
女子は互いに取ってつけた褒め合いを続け、男子は「誰が一番去年より身長が伸びたか」を競い合っている。
早く終わってくれと祈りながら受付を続けると、気が付けば最後のクラスになっていた。
これでやっと終わると名簿を見返していると、一人チェックのない生徒を見つける。
欠席連絡のない生徒は呼び出して探し出して、健康診断を受けてもらわなければならない。
(……風間、望)
私が頭の中で名前を呼んだのと同時に、同じ名前を目の前で告げられた。
「遅くなりました、すみません」
私がゆっくり顔を上げたものだから聞こえなかったと認識したらしい、彼はもう一度名前を告げた。
「あ……はい」
戸惑いながら返答し、手続きを進める。
その間妙ににこにこと笑っているのが気になったが、名簿にチェックを入れ、健診カードを手渡した。
今度こそ健康診断が終わりと一息ついたのもつかの間、保健の岩崎先生が職員室に呼ばれる放送が聞こえて来た。
「倉田さん、悪いんだけど、熱を計ってもらえるかしら?」
「…わかりました」
すぐ戻るわ、と、仕事を振って先生は早足で保健室を出ていった。
先生の言う通り、なんてことはない、体温の計測結果をカードに記入して次に回すだけだ。
体温計が鳴るまでの間、小さく鼻歌を歌っている目の前の男への懐疑心は拭えないが。
(何が楽しいんだろう…)
体温計を脇に挟み、にこにこしながら鼻歌を歌う人を私は初めて見た。
早く退散したい…。
体温計のピピピ、という音がこんなにも待ち遠しかったことはない。
彼が表情を崩さず渡してきた体温計の表示を見て、さっさと記入して次…
「……へ?」
目の前のデジタルは34.6と刻まれている。
体温は通常36度台が多いと思われるので、明らかに低すぎる。
この数字を書くわけにはいかず、目の前の男にカードではなく体温計を渡した。
「ちょっと数値が低いので、もう一度計ってもらえますか?脇にしっかりはさんでください」
「おや」
おや、って何だおや、って。
なんか調子狂うな…。
とりあえずちゃんと脇にはさんでもらえば大丈夫のはず。
最後の生徒なのにここで時間がかかっては、ほかの先生にも迷惑をかけてしまう…。
私はなぜか一人で焦り始めた。
初めより計測時間が長く感じられる…。
二度目の体温計の音に、必要以上に勢いよく顔を上げてしまった。
「………」
落ち着いて体温計を受け取り、見ると35.5と表示されていた。
「……あの」
「うん?」
「平熱っていつもこれくらいですか?」
「ああ、そうだね。それより高い日もあれば低い日もあるよ」
二度の計測結果とか、この男の返答の仕方とか、相変わらずの笑顔とか。
いろんな要因がないまぜになって、結果、ひどい脱力感でいっぱいになった。
なんとか体温の記入を済ませると、男にカードを渡し、奥に行くよう促した。
たった一人を相手にしただけで、どうしてこんなに疲れているんだろう。
風間望、何て変な男…。
35℃の微熱
二度目の体温計測の方がより笑顔に見えたのは、きっと気のせいだ