映画のチケット(二枚)



「よお、倉田じゃねえか」
「日野先輩、こんにちは」

新聞部前の廊下を歩いていると、ちょうど部室から日野先輩が出てきたところだった。
特に部室に用事があるわけではなかったから、部室へ誘おうとする日野先輩に、慌てて首を横に振って応えた。

「すみません、部室に来たわけじゃなくて」
「そうだったか。まあどちらにせよ、中には誰もいないぜ。特に作業することもないからな」

新聞の発行はつい先日行なったばかりで、今は実質休み期間のようなものだった。
だから私がここを通る理由もないのだけれど。
癖のようなものなのか、落ち着かなくてここまで来てしまった。
日野先輩は帰っていくと思いきや、はっと何かを思い出したような顔をして私を見た。

「倉田、少し時間あるか?」
「はい…どうかしましたか?」
「ちょっと待っててくれ」

そう言って部室に入っていく日野先輩を、私は立ち尽くして見送った。
何か用事があっただろうか。
数分して、片手を挙げながら日野先輩が出て来た。

「悪い悪い、待たせちまったな」
「いえ、大丈夫です」
「これやるよ」
「……え?」

すっと目の前に差し出されたのは、長方形の薄い封筒状のものだった。
見た目だけでは何が入っているかわからない。
それより、どうして突然これを渡されるのだろう?
きょとんとした表情で日野先輩の手元を見つめていると、日野先輩は声を出して笑った。

「ははは、変な物は入ってないから、まあ受け取れよ」
「…いいんですか?」
「もちろんだ」
「…開けてみても、いいですか?」
「ああ」

おそるおそる中身を取り出してみると、映画のチケットが二枚入っていた。
所謂ペアチケットだ。
私が日野先輩に視線を戻すと、にやにやとした笑顔で私を見ていた。

「…ありがとうございます、こんなに良いものを」
「倉田、誕生日だろ?これくらいお安い御用さ」
「……!知ってたんですか?」
「大事な部活の後輩だぜ?当然だよ」

日野先輩が、私の誕生日プレゼントを用意してくれていたなんて。
驚きで呆然としていると、日野先輩の笑みが更に深くなった。
…なんだか意地悪そうな顔だ。

「…本当に受け取ってもいいんですか?」
「ひゃはは、そんなにビビるなよ。曰くつきってわけじゃない」
「…そうですか」
「素直に受け取ればいいんだよ」
「…ありがとうございます」

確かに日野先輩の言う通りだ。
一癖ある先輩だからちょっと疑ってかかってしまった。
そんな自分を反省しながら、私は日野先輩に一礼して帰ることにした。

「あいつと見に行くのに使ってくれ」
「……!」

背中から聞こえて来た一言に、全身がびくついてしまった。
慌てて振り返り、声を投げかけた主を見つめると、すごくにやついた顔をしていた。

「お前の気になるあいつとよ」
「…日野先輩!」
「ひゃっはっは、そんなに怖い顔するなよ」

けらけらと笑う日野先輩を、きっと真っ赤になっている顔で対峙する。
…一緒に見たい相手。
すぐに思い浮かぶその顔。
私は恥ずかしい気持ちを無理やり押し込めて、映画のチケットを持つ手をずいっと差し出した。

「…どうした、怒ったのかよ?悪かったって」
「……」
「倉田、どうしたんだよ」
「……日野先輩、わたしと、一緒に…」

聞こえているかわからないくらいか細い声で、自分の気持ちをなんとか言葉にする。
それでも彼には届いていたらしい、今までとは違う、柔らかな笑い声を上げた。

「はは、冗談よせよ」
「……!冗談なんかじゃ…」
「俺には勿体ねえよ。他の奴と行けよ」
「……そんな」
「新堂か、風間か。新堂は興味のあるジャンルじゃないと絶対途中で寝るからな、気を付けろよ。
風間は二つ返事でオーケーしてくれるさ、大喜びでな」
「…日野先輩…」
「まさか、荒井か細田か?細田はお勧めしないぜ。荒井ならよっぽどの映画じゃない限りは問題ないだろう」
「私は…日野先輩と…」

私の気持ちは届いていない。
私の話を無視して、自分の意向で話を進める日野先輩が、悲しくて仕方がなかった。

「…俺以外の奴にしておけよ」
「……」
「その方が、絶対楽しいさ」

じゃあな、と片手を挙げ、すたすたと日野先輩は去って行ってしまった。
残された私は呆然自失として廊下に立ち尽くしていた。

…確かに、新堂さんや風間さん、荒井さんと映画を見に行ったら、きっと楽しいだろう。
細田さんもきっと。
でも、私が一番見に行きたいのは…。

誕生日プレゼントをもらった喜びと、自分の希望が叶わない虚しさが滅茶苦茶に入り混じって、私は暫くその場から動けなかった。



EHL.