なんとなくキラキラまぶしいので



波乱の健康診断が終わり、保健委員としての大仕事は一区切りついた。
こうして私の学校生活に暫しの平穏が訪れたのであった。



「あ、君はあの時の」
「……あ」

前言撤回。
平穏は今終わりを告げた。

このにこにこ顔の男によって。



放課後。
健康診断があったばかりだったので、一応保健室に寄っていく。
岩崎先生はあの後結局保健室に戻ってこなかったから、生徒全員受診できた旨を報告に来たのだ。
一瞬あの男の話を振ろうと思ったが、自分から口にしたら負けだと思ったので止めた。
ご苦労様でした、の言葉をもらい、ほっとしながら保健室を後にした。

何となくすぐ帰るのはもったいない気がして、校舎の中をあてもなく歩く。
外では運動部が練習を始めていて、所々開けられた窓から掛け声が聞こえてくる。
締め切られた教室は文化部が使っているのか友達同士の集まりなのか、大きな笑い声が聞こえてくるところもある。
友達は先に帰っているから、校内に知り合いは残っていない…はず。
たまには行ったことのない場所へ行こうと、ちょっとした冒険心を胸に階段を目指す。

保健室と同じ一階にあるのは、三年生の教室だ。
私は部活に所属しておらず、先輩に用事があることもないので、委員会以外では滅多に来ることはない。
同学年でも卒業までに知らない人がいるというくらい、わが高校は生徒数が異常に多い。
だから私一人がこの階でうろついていても、不審な目で見てくる人はいないだろう。
それでもなんだか気が引けて、私はすぐに上へ続く階段へ歩を進めた。

そのまま登り切れば、屋上へたどり着く。
実は屋上もあまり来たことがない。
今の友達との昼食ではじめ利用していたのだが、存外多くの生徒が集まるもので、もっと落ち着いて食べたいと場所を変えたのだ。
それ以来に訪れるというのと、この時間帯に来ることも少なかったので、少しわくわくした気持ちになる。
もしかしたらそこそこ生徒が集まっているかもしれないが今日はひとりだ。適当に過ごさせてもらおう。
そんなことを考えながらドアノブに手を伸ばす。
そして開け放った先に見えたものは……

「あ、君はあの時の」
「……あ」

あの、にこにこ顔の男だった。

「え、どうして、ここに」
「放課後の屋上は意外と人がいないんだ。君もよく来るのかい?」
「い……いえ」
「じゃあ僕に会いに来てくれたのかい?嬉しいなあ」

何だこの人。
底なしのポジティブシンキングか。
何と返答しようか悩んでいると、こっちにおいでと手招きしてくる。
いえ結構ですと踵を返せばよかったのだが、変な良心がそれを拒み、誘われるまま歩を向けた。

フェンス一枚分という、知り合いにしても開けすぎな距離感を保ちながら、二人して校庭を見下ろす。

「こうして校庭を見下ろすのも楽しいけど、街並みを眺めるのもいいよね」

なんてちょっと洒落た台詞を、相変わらずのにこにこ顔で口にする。
一方の私は、悔しいがその光景を少なからず楽しんでいた。
そうですね、と呟くのが精いっぱいで、視線は街並みに釘付けだ。

「ねえ、君、二年?」
「はい」
「名前を教えてもらえるかい?」
「…倉田です」
「下の名前は?」
「……恵美、です」
「恵美ちゃんね、可愛い名前だなあ」

今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい、弾む声で名前を呼んでくる。
なぜこの男に名乗ってしまったのか。
それは私の意志ではない。目の前の美しい風景がそうさせたのだ。



なんとなくキラキラまぶしいので



この男の笑顔がそうさせたのではない。
決して。



EHL.