音が消えて、世界から色も消えて。これが死なのかと思った。
けれど。
「偲月!!」
叫びにも似たその声が、死の世界へと向かいかけていた魂を止める。ギリッと舌に食い込む歯の強さが、自然とほんの少しだけ緩んだ。
血を流しすぎて、体温と視力はもうほとんど失われている。それでも懸命に目を凝らし、意識を集中させたその瞬間、目の前のノアがニヤリと笑って風と共に放たれた界蟲を腕で薙ぎ払った。その声を、その技を、その空気を。私は知っている。
「ユウ…?」
ぼやける視界の向こう側。黒を基調とした彼の姿を見つけた瞬間、どうしようもない感情が溢れかえるのを偲月は感じた。胸が、喉が、総てが彼を欲していた。
「ナイトの登場、ねぇ」
微笑とともに駆けつけた神田を見据えたティキは、一瞬で間合いを詰め、凄まじい殺気と共に斬りかかって来たそのエクソシストに感嘆の声を洩らす。界蟲と同様に神田の一撃を無造作に避け、そのまま後方へと飛んで距離を置く。今の今まで自分がいたそこに、今は瀕死の少女を庇うようにして立っているエクソシストの少年と、その背後の少女を見やり、ティキは笑った。
「てめぇ…偲月に何しやがった!」
「何って別に?俺が来たときには彼女、もう随分参ってたぜ」
カッと神田の目が見開かれる。
「六幻!界蟲『一幻』!!」
怒声と共に振り斬られた六幻から、再び界蟲が躍り出る。しかし一度実際に見たそれはティキにとって脅威でも何にでもなく。甘いね・と一言言い置き、界蟲から簡単に身を避ける。
音もなく地面へと着地し、未だ殺気の衰えない神田に向かってティキは大げさに溜息を吐いてみせた。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん。別に俺は何にもしてませんって。まあ今回の目的はイノセンスだし?今日はこれくらいにしておいてやるよ」
身を翻し、ゆっくりとした足取りでその場を去ろうとするノアに、神田はもう一度六幻を向けた。そしてその背を斬りつけようと跳躍しかけたとき。
「止めとけよ。俺なんかよりお嬢ちゃんを気にかけた方がいいと思うけど?」
その言葉に、神田ははっと振り返る。その様子にティキは笑い、お大事に・と心にもない言葉を残して瞬間的に姿を消した。完全にその気配が消えたことを確認した後、神田は偲月へと駆け寄る。
「偲月!!」
力なく投げ出された四肢は血で赤く染まっていて。黒のコートは血によって変色しているのが一目瞭然である。その赤の中、偲月の頬は雪の白よりももっと白く、色をなくしていた。チッと舌打ちの音が響き、神田は自分のコートを冷え切った偲月の身体に掛ける。偲月の朦朧とする意識は、掛けられたコートの重みでほんの少しだけ覚醒した。
目の前で顔を青くして、自分の身体を揺すっているのは、彼の他、誰でもない。
あの声は、幻聴なんかじゃなかった。
それを思った瞬間、偲月は意識を完全に手放した。