「AKUMAがいなくなった?」
「はい、ここ暫くは全く音沙汰がないんです」
宿で合流した現地の探索部隊の言葉に、神田は眉を顰めた。雪が降り続けるこの季節。室内と室外の気温差が激しいのか窓は白く曇っていた。おそらくおさえてくれていたのはこの街で一番の宿かつ一番ランクの高い部屋なのだろう、部屋に備え付けられた大きな暖炉で暖を取りながら、神田は探索部隊から現状を聞いていた。
「確認済みのAKUMAは何体だ」
「六体です。しかし未確認のAKUMAもいるでしょうし、確認済みのAKUMAは知能も少なからずついていたと…」
「だろうな」
これまで数多くのAKUMAを壊してきたものだけが分かる、AKUMAの強さのレベル。知能がついているということは、雑兵のようなレベル1よりも戦闘能力が高いと決まっている。当然知能がつき戦闘能力が上がると、いくら神の使徒とは言え壊すための危険度は跳ね上がる。神田はチッと舌打ちをした。アンノウンの存在も気になる状況なのに、レベル2以上のAKUMAにごろごろ出現されたらさすがに骨がおれる任務になるだろう。もう一度自然に出かけた舌打ちをかろうじて堪え、神田は立ち上がった。
「慎重に行動しろと言われているしな。明朝からAKUMAの探索に入る」
「わかりました」
恭しく頭を下げる探索部隊の男に、今日はもう休めと言ってやる。すると彼は更に深く頭を下げた後退出した。探索部隊が去り、会話の音が消えた部屋の中で神田は小さく息を吐き出す。
一筋縄ではいきそうにないこの任務。まず彼の中でひっかかっているのは大量にいたというAKUMAの突然の消滅。人間を殺して進化していくAKUMAにとって、人口の多いこの街から姿を消す理由はない。まして彼等にとっては最高の狩場であっただろうに。またそれだけAKUMAが出現しているということは、イノセンスも絡んでいる気がする。そして、アンノウンの存在。
「アンノウン…か」
「アンノウンって、何?」
ひとり呟いたそれに連なって、自分以外の声が部屋に響いた。ひたひたという裸足でフローリングの床を歩く音がして、神田はそちらへと振り向く。水が毛先から滴り落ちて服が濡れないようにと首にタオルをかけたまま、ゆっくりと暖炉の傍へと偲月がやって来ているところだった。
宿に着く直前に思いっきり転んで溶けた雪まみれになった偲月は、宿に着くなり神田によって浴室へと押し込められていた。熱いシャワーを浴びて冷えた身体を温めた偲月の頬は、寒さで染まるのとは違う色合いで紅潮している。
「髪、ちゃんと拭け。風邪ひくぞ」
「ん。…ねえ、アンノウンって、何?」
頷きながらも全く髪を拭こうという素振りも見せないまま、同じ質問をしながら偲月は神田の隣のソファへと腰掛けた。神田は溜息をつきたいのを何とか堪え、偲月の濡れた髪を彼女の肩に掛かっていたタオルで拭いてやる。少し乱暴にすると、痛い・と呻くような声が返って来るが、我慢しろ・と小さく呟いた。水分をほぼ吸い取れたことを確認すると、神田はようやく偲月を解放した。グシャグシャになった髪を手櫛で整える偲月を一瞥して、彼は暖炉で燃え揺れる火に目をやる。
「アンノウンってのはな…」
神田がそれを言い切ったか言い切れなかったかのそんな瀬戸際。静かな雪の夜には不釣合いな轟音と、それから一拍遅れて悲鳴が、宿を中心としたそこ一辺に響き渡った。ふたりが立ち上がるのはほぼ同時だった。