『AKUMAがおかしい?』
「ああ」
電話線にゴーレムを介しての会話。受話器の向こう側のコムイの訝しむ声に、神田は静かに同意した。
「消えていたAKUMAが俺達が到着した瞬間に現れるっつーのも出来すぎてる気がするしな」
そして、と神田は昨夜の戦闘後の会話を思い出す。
簡単すぎる・と彼女は言った。
まるでAKUMAが自分から魂を差し出したようだとも。それは嘗て偲月が葬り去ってきたAKUMAたちとは異なる、例外中の例外で。勿論簡単に破壊できることに越したことはない。だが、逆に出来すぎている気もする。AKUMAの後ろで「何か」が糸を引いているとしか思えないのだ。
『それで?偲月ちゃんは?』
「寝かしてる。あの移動の後にいきなり戦闘した上徹夜で見張りはあいつにはきつい」
黒の教団の存在は知られていなかったが、正体不明な化け物から街を救った異国の者達は、街にとって救世主のような存在だったのだろう。そのためふたりは崩壊した宿の代わりに街長の屋敷に泊めてもらえることになり(電話もその屋敷のものだ)、あてがわれた一室で偲月は休んでいる。
AKUMAがいつ襲撃してくるかわからないこの現状でひとり休むのは嫌だと抗議し続けていた偲月だったが、神田がそれを許さなかった。
只でさえ長時間の移動後にほぼいきなり戦闘となったのにも関わらず、徹夜で見張りをしたため偲月に掛かる負担はいつも以上のものだろう。渋る偲月を半ば無理やりベッドに押し込め寝かしつけた。
というか、そこに行き着くまでが大変だったのだ。嫌だと暴れかけた偲月を、最終的には黙って寝ないと斬ると六幻をチラつかせながら脅しあげた(勿論斬るつもりは毛頭ないが)。だから今は大人しく寝ているはずなのだが。
『AKUMAの異変のもだけど、アンノウンの存在もあるからね。偲月ちゃんの体力の回復を待って、神田くんもくれぐれも慎重にね』
コムイの言葉に、わかっていると返そうとしながら神田は寄りかかった壁のすぐ傍に備え付けられている窓から外を見る。何気なくしたその行動だったのだが、積もった雪の白しかないはずの世界に別の色が神田の目に飛び込んだ。
光に反射する白とよく似ている、だがいつも目にしているそれを見間違えるはずが無い。
「あの馬鹿!」
そう、部屋で寝ているはずの偲月が何故か外にいる。無駄に大きい扉から出てきたところで、周辺を数度見渡してから屋敷の門から外へと飛び出した。あの行動は一見したら何かを警戒しているとわかる。この現状でエクソシストである彼女が警戒するものといえば当然AKUMAだと関係者なら誰もが思うだろうが、あれはAKUMAではなく自分を無理やり寝かしつけようとした挙句、脅しあげた神田に見つからないよう警戒しているのだ。神田は頬が引き攣るのを自覚しながら、後でまた連絡すると早口で受話器に叫び、乱暴にそれを置いた。
「一睡もしてねぇくせに何やってんだ!!」
悪態を吐きながら六幻を掴み、けたたましい音を立てて部屋を出る。一直線に屋敷の外へと向かい、雪に残っている偲月の足跡を追う。普段の動きはゆっくりでとろいと常に思うのだが、こういうときだけは考えられないほど動きが早くなる。逃げ足が速いというか何と言うか。
それよりもあの疲労し切った身体で何処に行こうとしているのだあの馬鹿は!と、神田は更に心の中で悪態を吐く。屋敷を出て一体何度目の舌打ちをしただろうか。一向に追いつけなかった彼女の背が見えた瞬間、神田は反射的に叫んだ。
「止まれこの馬鹿!!」
遠目から見ても、ビクリとその身体が反応するのがわかった。神田の言葉通り足を止め、恐る恐る振り返るその表情は大きく変化しないが、彼女の今の心境は驚愕に位置する部類に入っているだろう。何となくそれにイラッとし、神田はここぞとばかりに彼女との距離を詰める。
「俺は大人しく寝てろっつったよな?何でそのお前がそんな顔色してここにいるんだ、ええ?」
距離が縮むにつれてはっきりとわかる彼女の顔色。普段から色の白いそれ。今はより白く見える。顔色が悪いということ。逃げるなよと無言の圧力を加えながら、神田は後二歩で手が届くというところまで彼女との距離を詰めた。
「俺が納得いくような説明をしてもらおうか?それが出来たら屋敷に強制送還くらいで勘弁してやる」
どっちにしろ連れ戻すつもりなのに、と偲月は目の前で仁王立ちしている神田から目を逸らした。しかし何を言っても説教され屋敷に連れ戻されることは決定済みだ。ここは開き直るしかないだろうと、真っ直ぐ神田を見据えて言った。
「ひとりで寝てても落ち着かないから、AKUMA探して壊そうと思った」
「それに備えてお前は寝れるときに寝とけっつって俺はお前を寝かしたんだろうが!」
「でもユウも全然寝てない」
「俺とお前じゃ体力が違ぇんだよ」
それでも不満そうに見上げてくる偲月に、神田は舌打ちと溜息が同時に出そうになり、それを両方とも堪えた。そしてそれの変わりに言葉を吐き出す。
「何のために組まされてると思ってんだ。勝手な行動はするな。さっさと戻って寝ろこの馬鹿。」
「だったらユウも」
「俺もそのうち休む。エクソシストが同時に休むわけにもいかねぇだろうが」
いいなと、有無を言わさぬ神田の鋭い眼光を受けて、偲月はしぶしぶながらも頷いた。今度は耐え切れず溜息を吐いた神田は、そのままくしゃくしゃと偲月の頭を撫でる。これが偲月でなかったら脅しの通り遠慮なく六幻で斬りつけているところなのだが。
彼女の行動の理由も分からなくもない。任務に関しては人一倍強い責任感を持つ。ひとりだけ休むということは彼女自身が許さないだろうし、まだAKUMAが存在している可能性がある今、早く見つけ出して破壊しなければという衝動に駆られるのも無理はない。
それを理解しているからこそ、神田は敢えて偲月を休ませる。そのためのペアであるし、今無理をすれば本当に戦闘になった場合取り返しのつかないことになるかもしれないのだ。
もう一度、帰るぞ。と言い、彼女の手を掴んで引こうとした、その瞬間。
「!!」
ふたりの間に何かが凄いスピードで放たれた。反射的に手を離し、ふたりは左右へと飛んでそれを避ける。雪が飛び散り、何のものか判断がつかない白い煙が舞い上がり切った後、地面に突き刺さったそれがAKUMAの弾丸だと気づいてふたりは顔を上げた。
雲と雲の間から太陽が差す青空の向こう側。そこに、黒い点が見える。それが徐々に大きくなり、ほんの数秒後その黒がAKUMAの集団だと気づいてふたりは息を呑んだ。
滑稽な顔・形をしたAKUMAの集団。それは昨夜のように数体と呼べる代物ではない。
レベル1、そして2が数十体、喜々と笑いながら空に浮かんでいた。