AKUMAのノイズ音が不愉快になるほど高く響いて、それが風に乗って空気を震わす。偲月は今まで目にしたことがないほどの大量なAKUMAを眼前としてぞくりと背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。さすがの神田でさえも、終始無言のまま真剣な表情で六幻に手を掛ける。彼の纏う雰囲気が張り詰めたそれに変わり、いつも以上に緊張しているのが窺えた。
「アッレー?あれ、エクソシストじゃん?」
「ホントだ!エクソシストだ!」
ガーガーというノイズ音に混じって聞こえる、自我を持ったAKUMAの会話。殺せ!殺せ!と騒ぐAKUMAの声に、神田は不機嫌そうに舌打ちをひとつし、そして偲月に囁く。
「走るぞ。ここでAKUMAと殺りあったら被害が出過ぎる」
「わかった」
偲月の体調も気に掛かったが、今はそんなことを言っている暇などない。神田はちらりと彼女を気遣うような視線を向けたが、すぐにAKUMAの集団にそれを戻す。イノセンス発動・と低く唸り、黒く光る六幻を鞘から抜く。
バンッバンッバンッ!という連続した銃声とも似つかぬ弾丸が放たれる爆発音を合図に、ふたりは市外に向かって走り出した。時折立ち止まっては追いついてきたAKUMAを神田は斬り、偲月はAKUMAの魂を解放して破壊する。AKUMAの目的は自分達、エクソシストだ。自分達に意識を集中させれば街の人間に被害がおよぶ可能性が格段に低くなる。つまりは、囮。
「次から次へと湧きやがって…!!」
走りながら何十体目ものAKUMAを斬ったにも関わらず、一向に減らないそれに神田は思いきり悪態を吐く。チッと舌打ちした瞬間、背後から風が切れる気配がした。反射的に振り返ればもう眼前までAKUMAが迫っている。
「くっ…!」
身体を反転させるが間に合わない。次に走るであろう痛みの衝撃に覚悟した、その瞬間。
「ギッ!」
不気味な叫びともとれるそれがAKUMAの口から洩れ、ほぼ同時に機械の身体が崩れ落ちる。突然起こったそれに神田は目を瞠り、そして視線をそちらへと向けた。
「ユウ!」
「悪い。助かった」
偲月がイノセンスが発動している間、その双眸は赤く光る。危機一髪のところで神田を襲おうとしていたAKUMAは偲月によって魂が解放され、破壊された。ふたりは背を合わせ、はじめよりは減ったが、まだ大量に存在しているAKUMAを睨む。
「偲月、身体大丈夫か?」
「…大丈夫」
大丈夫っつー顔してねぇだろうがと神田は心の内で舌打ちをしながら思う。彼が危惧した通りだ。体力的に弱っていたにも関わらず、この戦闘。昨夜もイノセンスを発動させ数体のAKUMAを破壊し、そのまま徹夜だったため睡眠という休息を取っていない。そんな状態で身体にかかっている負担も抜け切るはずがなく。本人は大丈夫だと言っているが、顔を見ればわかる。青白いそれ、挙句肩で息をし、とおに限界を超えているであろう小さな身体を支える両足は震えていた。
こりゃちんたらやってる暇ねぇな。
心の内でひとり呟き、神田は半ば強引に偲月を自分の背に隠し、眼前のAKUMAを見据えた。
「昇華!禁忌『三幻式』!!」
爆発するイノセンスの力と、神田の神気。それを肌で感じて偲月は思わず息を呑んだ。
「ユウ…!」
無理しないで、と言おうとした。
三幻式は禁忌と彼が称する通り、刀の主、つまりは神田の命を吸って能力を高める技。殺傷能力は高まるが、命を吸っている分神田の怪我の治りも遅くなり、第一命に関わってくる。私はまだ大丈夫だから、そう、彼の背に向かって訴えようとしたとき。
「お姉ちゃん…」
空気が、震えた。
反射的にその声が響いた方を振り返る。そこにいたのは、この街に到着してすぐに出逢ったあのキャンディ売りの少女だった。昨夜と同じ格好の少女の瞳は、恐怖というより呆然とした色を濃くして立ち竦んでいた。
「あの子…!」
市外から離れて、誰も巻き込まないようにしたはずだった。少女の存在に気づき、ふたりではなく少女の方へと身体を動かしたAKUMAを神田は打ち斬った。チッと一際大きな舌打ちが響く。
「偲月!あのガキ安全な場所に連れてけ!」
返事をする前に偲月は駆け出していた。訳も分からず立ち竦む少女に駆け寄り、その小さな身体を抱き上げて神田の方を振り返る。その視線に神田は頷き、早く行け!と叫ぶ。それに偲月に頷き、街とは反対方向へと駆け出した。街に戻ればAKUMAを街に誘うこととなる。これ以上被害を出すことはあってはならない。ユウがAKUMAを引きつけてくれている間に出来るだけ遠く、安全な場所にこの子を隠さなければ。
その一心で崩れ落ちそうな足を叱咤し、偲月は走り続けた。腕の中で大人しく震えているはずの少女の瞳が、鈍く光ったことにも気づかずに。