夜と夜のすれちがいざま

ああ五月蝿え。
耳障りな笑い声や食器がぶつかり合う音にグリムジョーは辟易していた。なんでこんなことに・と舌打ちをしかけたが既の所でそれを堪える。
凪を連れ離宮に戻って数刻経った頃だった。突然現れた父王の側近たちのあまりのしつこさに匙を投げる形で祝いの席とやらに駆り出されてしまったが(頼んでもないのに祝われる方だ)、やはり断固拒否をした方が良かったと自分自身を呪った。
いつものように酒に酔った父王とその足元に絡みつくように侍らされた側室の女たち。広間にいるのは見慣れぬ顔ばかり。彼らは来賓だといっていたが近隣諸国の高官たちだろう。この祝いの場にかこつけて、いかにこの国が絢爛としていて財力や他国と力の差があるかを見せつけようという狙いなのだ。
ああ馬鹿馬鹿しい。無駄な時間過ぎる。
とっとと終われと念じていれば、目の前に酒が運ばれてきた。給仕係が祝い酒ですと恭しく頭を下げる。金彩が施されたクリスタルのグラスには透明な液体が注がれていた。浮かんでいるのは金箔だろうか。祝い酒というだけあるが、グリムジョーはグラスを睨め付け指で弾く。爪がグラスに当たりカツンと鈍い音がした。
そして隣に座る凪を一瞥し、彼女の薄い肩に掌を置いてその耳元に口を近づける。彼女にしか聞こえないように、囁くように言った。

「これから出されるものに口つけるなよ」

白いドレスに着替えさせられている彼女は昼間会った時とまた少し印象が変わっていた。グリムジョーの言葉に少し驚いたような顔をしていた彼女だったが、すぐにその意味を察したのか勧められた酒を口にふくむふりをしてそっと絨毯に溢していた。その察しの良さと機転のきく行動からもうかがえるが、彼女がただ甘やかされて育った何も知らない箱入り皇女ではないことははじめて会った時からわかっていた。
凪は大丈夫だ。後は、と警戒を解かず周囲をうかがうが、あれだけ凪に執着を示していた兄たちはひとりもこの場にいなかった。またなんか企んでやがるな、とグリムジョーの直感が鳴る。
この無駄な余興に付き合うのもこれが最後だと決め、じっと時間が過ぎるのを耐えて待った。時折左隣に座る凪の方に目線をやれば、彼女も自分と同じように何とかこの場をやり過ごしているといった様子だった。案外考えてることは一緒かもしれない。そんなことを思いながらグリムジョーは頬杖を突き直した。


・・・


寝台のシーツがかさっと音を立てた。その僅かな衣擦れとは違う音を耳が拾い、グリムジョーは反射的に枕の下に手を伸ばす。そしてその音がした方を目掛けて短刀を躊躇なく突き立てた。ぐしゃ、と何かを貫き潰れるような嫌な感触と音が寝起きの脳に伝わる。他の気配がないかそのままじっと探るが、それ以上は何も感じられなかった。

「相変わらず趣味の悪いこって」

枕元のランプに手を伸ばし小さく燈を灯せば、短刀には毒々しい色をした掌大の蜘蛛が刺さっていた。半分潰れ、既に息絶えたそれを無造作に短刀から振り払って床に投げ捨てた。

蠍や毒蛇、今夜のように毒蜘蛛など。嫌がらせには些か行き過ぎたギフトが定期的に自分の元には贈られてくる。ある意味もう慣れの境地に達していたが、眠りを邪魔されて苛立たない者はこの世でもほんの一握りだろう。勿論自分はいつものことだが腹立たしい。
予想はしていたがこんなにわかりやすく行動してくるとは、とグリムジョーは汚れた短刀の刃をシーツで拭う。見え見えではあるが、率直に早いなと思った。兄たちの醜い顔が脳裏を掠める。思い出すだけでも気分が悪い。

邪魔なものは殺してでも排除する。その考えは合理的だし否定はしない。いざとなれば自分もその手段を取る。しかし、黙ってやられはしないし、これまでやられてないから自分はまだ生きているのだ。

今日のギフトの目的は凪を自分たちのものにするために邪魔な「夫」を消すことか。それともいつものように生意気でいつ反旗を翻すかわからない「弟」の暗殺か。どちらにしろ消される対象が自分なのは変わらない。

目的が凪なら彼女に危害は及ばないだろう。それならいつものようにこちらはこちらで対処すればいい。
酒や料理に毒が盛られるのももう日常茶飯事だ。だからグリムジョーは絶対に安全だとわかるもの以外飲食することはない。幼い頃善意で与えられたと思った食べ物を口にして何度も死にかけた。おかげで毒への耐性は些かついた気がするが、油断しないに越したことはない。

「まじでめんどくせえな」

舌打ち混じりに呟いてグリムジョーは寝台から降りた。二度寝できる気分ではなかったので、脱ぎ捨てていた履き物に乱暴に足を突っ込み部屋を出る。窓の外から月明かりが廊下に差し込んでいる。足元はその光に照らされていて難なく歩くことができた。長い廊下の突き当たりまで行き着いて角を曲がる。途端、風が吹いてふわっと鼻先に柔らかな香りが届いた気がした。伏していた顔をあげると、窓枠に肘をついて遠くを眺めている凪がいた。月の光が彼女の横顔照らしていて、その空間だけ別次元のように浮かび上がって見えた。

「よォ」

思わず声を掛ければ、目を細め外を眺めていた凪が勢いよく振り返る。亜麻色の瞳が大きく開かれた。明るいところで見た瞳の色より不思議と澄んで見えたのは、月の光のせいだろうか。グリムジョーはゆっくり凪の方に歩み寄る。凪もまたそれを黙って待っていた。