毎晩携帯端末を握り締めて眠る。いつアレルヤから連絡が入るか分からないから。微かな音でもすぐに起きられるように。夜中、どんなに眠りが深くてもすぐに出られるように。握り締めていたら、きっとすぐに分かるから。
だから、だからね。いつでもいいから。どこにいるかだけでも。ううん、ちゃんと元気ってことを教えてくれたらいいから。
お願い、生きてる証を知らせて。
・・・
忙しさに任せて動き回っているときだけは、哀しいことを全部忘れられた。総てを忘れるように新たな仕事を覚え、それを何度も何度も繰り返す。気づけば母国語と英語と、あと何ヶ国語か、片言くらいなら他国の言語も話せるようになっていたし、苦手だったプログラミングも一人で組めるようになった。
よくやったと褒めてもらえることは嬉しい。凄いねと認めてもらえることも嬉しい。けれど、一番喜んで認めてもらいたい人は、ここにはいない。
「ノエル、顔赤い。平気?」
メカニックの基礎をフェルトに教えてもらっていたとき、ずっと何か怪訝そうな、心配そうな表情を浮かべていたフェルトがようやく言葉を切り出した。
赤い?
そう言われて思わず手の甲を額に当てれば、いつもより何となく自分の体温が高いことに気づく。フェルトの心配そうな表情は自分のことを思ってのことだったのかと今更になって分かった。
「今日はもう休んだ方が…」
そう控え目に進言してくれるフェルトの申し出を断って、もう少しだけ・とわがままを言ってみる。今休んでしまえば、今日覚えるはずだったものは明日にずれ込む。そして明日出来ていることが明後日にならないと出来なくなる。それは嫌だ。ずれた分、ひとつずつ遅れが生じる。そのせいで取り返しのつかないことになってしまうかもしれないし、そういう不安要素は全部排除したかった。それでも渋るフェルトに、大丈夫だから・と少し強く言おうとしたときだった。
無理やり腕を掴まれ、立ち上がらされる。反射的に振り返れば、そこには不満そうな顔をしたティエリアが立っていた。
「来い」とただ一言告げられて、そのまま無理やり引っ張ってどこかに連れて行かれる。抵抗しようにも身体に力が入らない。そこでようやく自分の体調の悪さを自覚した。
メディカルルームまで連行され、そのままベッドに寝かされる。
「何を焦っている」
「焦ってなんか」
「ない・と言い切れるのか?そんな身体で」
いつにもまして憮然と言い切るティエリアに、何も言い返すことはできなかった。焦ってる?私が?…確かに、そうかもしれない。けれど、こうでもしないと全部思い出してしまいそうで怖いのだ。
「何を考えてるのか分からないが、お前にしては珍しく冷静さを欠いている。もっと現実を見て、」
「冷静さ?」
ティエリアの発した単語のひとつに違和感を覚え、彼の声を遮って同じ言葉を繰り返した。
冷静?誰が?私が?そんなこと、思ったことも感じたこともない。人に言われることはあっても、本当はいつも必死で、冷静にいたことなんて一度もない。ずっと失敗が怖くて、一瞬の判断ミスが命取りになるこの戦場で、そのときに出来る一番良い選択をするためにただ考えて考えて考えて。…それが、冷静?
ぐるぐると今まで消化不良だったものが吐き出されるかのように自分の中で巡り始める。そんなノエルの胸中など理解できるはずのないティエリアが、そうだと頷き、さらに言葉を続けた。
「もっと冷静になれ。どんなときも取り乱さないお前ならそれくらい」
「どんなときも?」
ぴたりとティエリアの声が止む。ノエルの固い声からその異変に気づいたのか、ただ黙って彼女を見つめていた。
取り乱さない、って、なんでそんなこと言えるのだろう。私が取り乱さないようにどれだけ必死に自分を押さえつけていたか。冷静になれないから、たくさん考えて行動した。人の迷惑にならないように、爆発しそうになった感情を幾度と幾度も押さえつけてきた。
そうだ、あのときも。ニールが帰らぬ人となったときも、泣いたのはアレルヤの前だけ。それもずっと我慢して我慢して、最後の最後で爆発した。
そうだ、ずっと胸の奥でざわざわと揺れて鳴り続けているのは、不安。
アレルヤがいない、不安。
頭を過ぎったのは、もう絶対に帰ってこないニールの姿。アレルヤと、重なった。
私は、と擦れたノエルの声が宙を舞う。
「私は、冷静なんかじゃない。取り乱したことだってある。なんでそんなことないってティエリアが言えるの!?」
もう駄目だと心のどこかで悟った。身体が弱ってると心も弱ると誰かが言っていたけれど、それは本当だ。ずっと溜め込んでいたものが、傷口から溢れるようにばらばらどろどろと流れ出る。これはただの八つ当たり。そう思っても、わかっていても、もう止まらなかった。
「アレルヤがいないの。帰ってこないの!約束したのに、帰ってこないのよ!でもそれをずっと考えていたら、不安で不安で何も出来なくなるの。だから忘れるためにいっぱい頑張って仕事も覚えたし、勉強もしてるの。なんでそれを止めるの!?」
自分にこんな声が出せるんだとどこか頭の片隅で驚いている自分がいる。それでも、もう止まらない。ティエリアの腕を掴む。
お願い・と哀願するように自然と声が零れた。
「アレルヤ、アレルヤはどこ…?」
かえして。
それはちゃんと声になっただろうか。
記憶がぷつりとそこで途絶える。
ニールがいたら、きっと怒られてる。「それはお前の八つ当たりだ、ティエリアに謝って来い」と背中を軽く押してくれるだろう。アレルヤがいたら、きっと困ったような顔をして「今回はノエルが悪いかな」と笑うだろう。
今はどちらもここにはいないから、本当のところは分からないけれど。
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