昔、何かの小説で読んだことがある。
戦争に行った恋人が死んでしまったという知らせを受けた女性が嘆き哀しんで生きる意味を失いかけたとき。恋人の忘れ形見がお腹にいることが分かって、そのまま子どもと一緒に生きることを選ぶというストーリー。
もし私の中にアレルヤの忘れ形見がいたとしたら、私は救われるのかな?と思った。けれど、私の中にはアレルヤの子どもがいるわけでもないし、彼がいないのに今生きる意味を見出すことは不可能だった。私が欲しいのはアレルヤだけ。ただそれだけなのに。なんで、神様は聞いてくれないんだろう。
目を醒ましたとき、手元に携帯端末がないことに気づいて飛び起きた。瞬間、ぐらりと視界が歪む。それでも手探りで端末を探せば、枕元にそっと置かれているそれに指が触れた。急いで着信を確認するが、誰からも入った形跡はない。それに安堵して小さく息を吐き出す。…それもおかしなことだ。たった一本でもアレルヤから連絡が入っていれば泣いて喜ぶのに。
そう思ったとき、ずっと考えないようにしていたことが脳裏を過ぎる。あのアレルヤが無事でいるなら、自分に連絡してこないはずがない。無事だと信じている。今もどこかで生きていると。じゃあ、どうして連絡がないの?
「アレルヤ?」
小さく彼の名を呼んでみるが、勿論返事はない。たったそれだけのことなのに、闇に襲われるように周囲が冷たくなって、恐怖が全身を包み込む。
「アレルヤ、アレルヤ」
呼べば必ず返事をしてくれていた。名前を呼んで、返事がないのが一番怖い。ある時そう告げたとき、彼は約束してくれたのだ。
「ノエルがどこで僕の名前を呼んでも、絶対に返事をするから」
だから安心して・と彼は優しく笑ってくれたのだ。
ねえ、その約束はまだ続いてる?
嘘ばっかり。返事なんて聞こえない。帰って来る・て約束も、まだ叶えられていない。
もう、いない?
ぞっとした。自分は何を考えているんだろう。信じていれば大丈夫だと何度も何度も言い聞かせてきた。それで今まで生きてきたのだ。なのに、何で今更。…でも。
「ニール兄もアレルヤもいないんなら、私が生きてる意味なんてないじゃない」
すんなりと出たその言葉を、恐ろしいくらい冷静に聞いている自分がいる。ああ、これがティエリアの言った冷静さというものか、なんてぼんやり思う。
そして、(これもきっと冷静に・というのだろう)じゃあどうやったら死ねるのかを考える。痛いのは嫌。そう瞬間的に思ってしまって、思わず苦笑が溢れた。何を考えてるんだろう。死に方なんてどうでもいい。ただ、死ぬのならあの人の隣が良かった。
そう思って、ベッドから立ち上がる。アレルヤがいないのなら、アレルヤに一番近い場所がいい。そう思って施設の中を歩きまわるが、当然アレルヤはこの施設に来たことがないのでそんな場所見当たらない。困ったな。
「アレルヤがいそうな場所・てどこだろう」
単純に思いついた疑問に首を傾げていると、角の向こうからラッセが現れた。
「身体はもういいのか?」
そう優しく聞いてくれる彼に頷いて、今しがた疑問に思ったことを聞いてみる。すると彼は意外そうな顔をして、すぐに「アレルヤはいつもお前の隣にいたからな、それしか思いつかねえ」と言った。…驚いた。私の、隣?
「大抵どこに行ってもノエルの隣に張り付いてただろう、アレルヤは。だからかな、今もお前を見るとすぐ傍にアレルヤがいるんじゃないか・て探しちまう」
苦笑するように言うラッセに、今も?と聞いてみる。すると彼は、真っ直ぐノエルを見つめて、そうだ・と濁りなく答えた。それはきっと幽霊になってとか、そんな意味じゃないということくらい分かる。彼は仲間の帰還を信じている。
ラッセと別れ、またふらふらと施設内を歩き回る。次に出くわしたのはティエリアだ。一方的に怒鳴りつけてしまってから顔を合わせていない。…気まずい。
そう思っていたら、向こうから近づいてきた。ひどく不機嫌そうな顔をしている(はじめて会ったときの表情そっくりだ)。
「何を考えている」
ただ一言。腕を組みながら憮然とした表情のままに聞いてくるティエリアに、ノエルは思わず答えあぐねた。それを察したのティエリアは、ひとつ言っておく・と声を飛ばす。わざとあわせてなかった視線を上げてみれば、ティエリアは真っ直ぐノエルを見据えていた。
「俺は、アレルヤは生きていると信じている」
今度は、ノエルが目を瞠る番だった。
「生きている?」
口の中でそう小さく呟く。するとティエリアはとても不機嫌そうに舌打ちをして、「当たり前だ!」と声を大きく張り上げた。
「先日のお前ときたら、あたかもアレルヤが死んだように話を進めていたな。お前が信じないでどうする。お前が信じないで、誰があいつを信じてやるんだ」
信じるという言葉を本当に久しぶりに聞いた気がした。それよりも、信じるという行為をずっとずっと忘れていた。
信じて良いのかな?アレルヤ。
ぼうっとそんなことを思っていたら、頭上から苛々としたティエリアの声がする。「それで?お前は何を考えていたんだ」と最初の質問を繰り返され、もう嘘を吐くのも面倒なので正直に死に場所を探していたと告げた。
ティエリアは予想もしていなかったのだろう。目をこれでもかと丸くした後、当たり前だが怒られた。それは相当に怒られた。
人に怒られるということも久しぶりだ。なんとなく、心地良い。そんなことを思うと私はいつマゾヒストになってしまったのだろうなんて思ってしまうが、怒ってくれるということはそれだけ自分のことを心配してくれているということ。未だに小言を言い続けているティエリアの名を呼んで、それを一旦遮った。
「もう大丈夫だから。アレルヤが帰って来る場所を、消したりなんかしない」
アレルヤの部屋も、私の部屋も、よく一緒に宇宙を見上げた展望デッキも、アレルヤと一緒に育てた花も、全部あの日燃えてしまった。
それでも、アレルヤがいつもいたという私の隣は消えていない。私が、消えない限りその場所はずっと存在している。だから、だからね。
待ってるから。
早く、帰って来て。
prev...top...next