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目的地に到着するまで、名前は与えられた部屋で資料を読み、また食事は全て部屋に運ばせ、決して部屋をでることはなかった。アジトの位置、建物の構造、敵の数に至るまで詳しく書かれたその資料は、第七師団が一度としてまともに読み役立てたことのない代物だ。持っていた阿伏兎でさえ中に何が書いてあるかをろくに知らない。それを読みながら一週間何をしていたのか、それを知っているのは名前だけである。

そうして一週間が過ぎて、戦艦はある星に降り立った。その音を聞き届けた名前は手元にあったものを全て片付け、ここに来たときと同じ服を着た。ーー余談だが、財布と簪だけを持ってここにやってきた名前は当然予備の服などある筈もなく、この一週間は阿伏兎にどやされながらも神威の古いチャイナドレスを借りて過ごしていた。

「名前〜ついたヨ〜」

ノックをすることもなく扉を開けた神威ーー全身に包帯を巻いているーーは、一週間は扉を開けないでくれといった名前の頼みを、彼女と戦いたいというたった一つの理由のために守りつづけていたのだった。扉を開けた先にいた名前は一週間前と何ら変わっていないように見えたが名前はそのまま出陣するようだった。期待に胸を躍らせた表情の神威を見ながら、名前は部屋をでた。船を降りると、そう強くはないものの太陽の光が瞳に差し込み、なるほどだから包帯なのかと名前は一人で納得した。

ーー世界には、戦いにおいて自らを表現することを好む人間もいる。
最も自分らしくいられる場所が、戦場である人間。夜兎こそそうであろうが、実は名前もそういった人間だった。それが吉原を離れ彼に、神威についていってみようと決めることに大きな影響を及ぼしたのは間違いない。アジトの入り口まで歩けば、春雨が粛正にくることを既に知っていたのだろう、ゲートの周りにいる大量の天人の姿を瞳に映して笑った。

「…予想と数%もずれてないなんて逆に驚いちゃうなァ」

小さくそう言って笑ったのを聞いたのは近くにいた神威と阿伏兎だけだった。つまり、敵方には誰一人として聞こえなかったのだ、その言葉も、またその言葉の意味することも。先頭に立っているのが明らかにひ弱な女性であることに気づいた敵は、笑った。馬鹿にしているのか、女じゃないか。春雨は一体なにを考えているのかと。そうして碌な作戦もなしに集団で襲いかかったのである。神威は動く様子はない。阿伏兎や周囲の団員も戸惑いながらも、「手は出すな」と神威に釘を刺され動くことはしなかった。

ヒュンッ

小さな音がして数人の敵が倒れた。名前の姿はその周囲から消えていた。倒れなかった敵は慌てて周囲を探そうとするが、それは長く続かなかった。

「な、なんだお前ら、裏切るのか!!」
「違う、こいつらは気を失っている」
「い、一体どうなって・・・!」

唐突に敵の集団が混乱に包まれた。倒れた数人が突然立ち上がり、まるで寝返ったかのごとく襲い始めたのだ。再び現れた名前はその中心に居た。彼女も素早く動き回りながら、敵を一人また一人と倒してゆくーー全ての敵に対し、寸分の狂いなく頭部のある一点に、なにか鋭利な針状の物体を投げつけて。そうして、彼女の倒した敵は全てその数秒後に起き上がり、また寝返ったように敵を襲い始める。そうしてそこに誰もいなくなると、彼女は、寝返ったーー否、

「敵を、操ってる…?」

神威が呟いた。
30人以上にもなった操り人形の部隊とともに入り口を突破した名前の後を慌ててくぐれば、建物の中は地獄のようだった。名前とその部隊は完璧な布陣を引いて、決して銃や刀を名前に届かせない。それどころか地の利があるはずの敵を、簡単に倒してゆく。名前はもう頭を狙うことをせず、手に持っていた小刀で確実に首を落としていた。

その建物から生きているものが名前と彼女の操る敵ーーは生きているのかは定かでないーー、そして神威の率いていた小隊だけになるのに数刻とかからなかった。

「これが名前の言っていた『サシじゃ戦えない』の意味か、おもしろい、ネ!」

そう叫びながら神威は名前をめがけて走り出した。彼の最初の一撃を受け止めたのは、

「そういうこと、一対一でやり合うにはちょっとパワーが足りなくてね!」

彼女とその周辺にいた2人の敵だった。三人でうまく力を分散して、神威の腕を受け止めているようだった。

「ふーん、これは面白くなってきた。やっぱりアンタを連れてきたのは間違いじゃなかったよ」

青い瞳が残酷に輝いた。
神威はまず2人の敵の片方に向かい蹴りを入れた。それを全く別の場所にいた3人が受け止める。怪我はない。逆に掴んだ足を持って4人がかりで投げ飛ばせば、神威は壁に強く叩き付けられた。

受け身をとる時間も取らずに反撃にでれば、またどこからか現れた数人の敵に阻まれる。

彼女と彼女の操る数十人の部隊は、数十対一で神威と戦っていた。その数十人はそれなりの人数でありながら、完璧な配置と動きによって神威を名前に決して近づけず、それどころか神威を押しているようにさえ見えた。神威はその見たことのない戦法に苦しめられているのだ。気づけば誰かの放った銃によって神威の右肩は血に濡れていた。阿伏兎や不方達はそれを信じられない表情で見つめる。

ーーしかし、その名前の完璧と言ってもよい戦術も、神威の高い戦闘力は計算外だったようだった。神威は自らの怪我を気にかけることもなく、それどころか楽しそうに笑っていた。そうして少しずつ敵を削ってゆく。神威の手で殺された敵はそれ以降起き上がることはなく、名前側の部隊はだんだんと減っていった。

「おやまあ…」

名前はやはり危機感のない声でそう呟く。此方側で「使える」のはもうたったの1人。1人では名前を守りきることはできない。一瞬の間を縫って名前の方へ駆けて来た神威にーー

グシャっ

人の肉を切り裂く音が、今までよりも一層大きく響き渡った。阿伏兎や部下達はついに終わったのだと思った。こんな戦いをする女は見たことがなかったので惜しいように思われるがーー

「さすがは夜兎、強いなァ」

聞こえたのは名前の声だった。それに神威は目を丸くして。自分と名前の間には立っていた1人がいて、彼らの腹を貫通して彼女に傷をつけたが、間にいた1人がクッションの役割を果たしたのか、致命傷にはなっていないことを知ったのだった。

「ッハハハ!これは面白いや。アンタをここで殺しちゃもったいない」

ねえ、俺の子供産んでヨ?
そう笑った神威の一声で、神威との戦闘、およびこの任務は幕を閉じたのだった。

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