2-3


「今日からウチで参謀をすることになった名前だから」
「え、参謀?なんで突然?」
「まあ細かいことは気にしないで、ウチの部隊に作戦なんて要らないしあってもまともに従えるやつなんて一人もいないけど、役職があったほうが何かと便利なんだ」


って、阿伏兎が言ってたヨ。
この短い間で阿伏兎と神威の関係性をある程度理解していた名前は、なるほど阿伏兎さんはわたしに上とのパイプ役をやらせるつもりなのか、とすぐに気づいたが、元々偉い人の接待をして稼いできた人間だったのでまあいいかと思い直して「なるほどね〜」と言いながら笑った。それに不満を言う団員はいなかったのでーー当然だろう、数人とは言え神威とそれなりの時間互角にやり合う女に文句を言える団員などいたとしても数分で宇宙の塵になってしまうーーその場はそのまま夕食をとることとなった。


「ねえ、あれは一体どうやってるの、」


もぐもぐ、では少し可愛らしすぎるだろうか、テーブル一杯に広がった豪華な、かつ大量の食事を片っ端から平らげながら、青い大きな目を瞬かせて神威は問いかけた。その目の先には神威のとは対照的に、質素かついっそ少なすぎるくらいの量の食事にのんびりと箸をつつく名前の姿がある。


「うーん、あれはねえ、…いやそれよりも一体その体のどこにそれだけの量が入るの?人体の神秘?」
「夜兎はみんな大食いなんだ、他の連中もそうだろ」
「いやその量をその速さで食べてるのは神威だけじゃないかなあ。すごいねえ」


質問を質問で返して目をぱちぱちと瞬かせている名前をみていると先ほどの光景は夢だったのではないかと思ってしまう。戦いの最中ではあの黒い瞳は爛々と光って、自分と同じ人殺しの目をしていたのに、それは戦いが終わると同時にどこかへ消えてしまったので、まるで別人を相手にしているようだと神威は思った。


「わたしもねえ、甘いものならもうちょっと食べられるんだけど、普通の食事ってどうもお腹に入らなくてねえ」
「なに、甘いものが好きなの?じゃあ次は作らせておくヨ」
「本当?やった、ありがとう!」


甘いものときいてきらきらと輝く笑顔はおそらくかわいらしい地球の娘の顔で、あのとき神威とやり合っていたときのものとはやはり別物だった。ごちそうさまでした、と手を合わせる神威の後に続くように、名前もごちそうさまでした、と言って手を合わせた。


「まあ、次いつ殺り合うとも知れない相手に手の内明かすのも気が引けるんだよねえ」
「なるほどネ。まあ安心してヨ、すぐに明かしてみせるからサ」
「あはは、それは困っちゃうなー」


名前と神威は食堂の出口に向かって歩きながらそんな会話を交わしていた。その後ろにはため息を吐きながらそれに付き従う阿伏兎が、その更に後ろには神威の食べた大量の夕食の残骸と、名前の食べた夕食の茶碗1つに小さめの皿が2つ、そして歩き出した3人を恐ろしいものを見るような目で見つめる第七師団の団員たちがいた。名前は船に乗ってからの一週間全く外に出なかったので、これが他の団員とのファースト・コンタクトであった。それにもかかわらず一言も会話はなく、神威とだけ話し、後ろでそんな目で自分を見ているということは初対面での交流としては完全に失敗していて、阿伏兎は一人大丈夫だろうかと不安に駆られていたが、神威も名前も全く気に留めていないようだった。おそらく団員の目にも気づいていないだろう。ーーこいつら、実は似たもの同士なんじゃないか?阿伏兎にはそう感じられた。


「なんだか、やっとゆっくりできる気がするねえ」
「そうだ、あの一週間は何してたの?本当に部屋からでてこなかったから死んでるんじゃないかと思ってたヨ。ああこれも秘密?」
「そうだねえ。まあ、これでも7年くらいは吉原にいたからさ、一週間くらいは準備しないと不安だったんだよねえ」
「あの狭い部屋で筋トレでもしてたの?」
「まあそれもあるけど、もっと色々かなあ」
「ふぅん。秘密主義ってわけだ。面白くなってきたネ」


全部暴いてみせるから。
いつもより低い声でそういった神威に、名前も挑発的な目で笑いながら「できるものなら」と返した。


「オイオイ団長、この場でおっぱじめたりするのはやめてくれよォ」
「当たり前だろ阿伏兎、何を言ってるんだ。此処じゃあ名前が本気で戦えない。まあでも、名前自身の鍛錬になら付き合ってもいいけどネ」
「本当?ずっと体動かしてなかったからちょっとどうにかしたかったんだよね〜」
「勿論。じゃあこれから食後の運動に闘技場にでも行く?」
「うん、是非!」


ーーデートじゃねェんだぞ、なんだそのノリは。
阿伏兎がぼやくが、それは2人の耳には届かなかった。


その後の闘技場では、名前の体の動きに合わせて鍛錬に付き合うという珍しい神威の姿が見られたという。それは天変地異が起こるよりも信じがたい現象のように他の団員には思われたが、不思議と2人にとってはそれが当然のことのように感じられていた。

- 11 -

prevnext
ページ: