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ーー宇宙、広いねえ。
ぼんやりと外を眺めながら誰に対してでもなくそう呟く名前を偶然見かけたのは阿伏兎だった。突然ここにきて、一週間は部屋からでることもなく、その後すぐに戦闘へとかり出された名前がまともに外を見たのは初めてだったようだ。いや、それよりもまず、こうして一息つくのさえ、この戦艦に乗って以降初めてのことだったろう。


「地球人ってのはこんな何もない闇の中にも風流を感じるものなのかい」
「どうだろうねえ。まあ少なくとも、何もない闇、ではないからねえ」


ーー星に願いを託すのは地球人の伝統なんだ。
話しかければ驚きもせずにそう返す彼女に釣られて外をみる。相も変わらず闇の中に小さな光が瞬いている、既に見飽きた光景。それも彼女にとっては初めての景色なのだろう、興味深そうに瞬きを繰り返しながら外をじっと見ていた。


「奇特な人間もいたモンだなァ。星に願いを託す海賊なんて」
「海賊歴が浅いからかなあ。まあいいじゃない、星なんて見るの何年振りだろ」


どこかの星に照らされて、頭の簪がキラリと光ったように見えた。戦いから一歩離れれば神威にも負けないマイペースな名前。阿伏兎はすでに忘れかけていたことーーつまり、名前がどこから来たのかということについて久しぶりに思い出した。


「そういやァあんた、遊女サマだったなァ。あんまりにもそう見えないからオジサン忘れてたよォ」
「おかしいなー。一応あの吉原ではそれなりに名の知れた花魁だったんだけど」


そう言いながら笑っている彼女を見て思わず笑えば信じてないでしょう、と頬を膨らませていた。
ーー信じてないわけじゃあないさ。そう言おうとしてやめた。女ってのはいくつ顔を持ってるんだか分かったもんじゃあないからなァ。名前は顔を使い分けるのがうまいというのはあの戦場にいればだれにでも分かることだったので、他に顔を持っていたって何も不思議なことではないと思った。名前のことを面白そうだと思ったのは神威だけではなかったのだ。そうでなければ参謀などという名前ばかりの役職に推薦したりはしない。


「お嬢さん、アンタはなんのためにここに来たんだい?」
「なんでだろうねえ」


まあ、面白そうだったからかなあ。相変わらず間延びしたような声でそう返す彼女の瞳は相変わらず外を見つめていて、なんの感情も読み取れなかったので、その「面白そう」の表す意味は読み取れなかった。しかし阿伏兎はそれに、それは此方も面白くなりそうだな、と呟いたので、始めて名前が窓から目を外して阿伏兎の方を見た。


「なりゆきとはいえ同じ船に乗り合わせちゃった仲だし、これからもよろしくね」


唐突にそう言うと、名前は返事を聞くこともなく去って行った。彼女の言動はよくわからないが、その分からないことにも慣れつつあった阿伏兎は、こちらこそよろしくたのむよォ、と背中に向けて声をかけるのだった。

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