2-11


戦闘を終えた名前は自室に入るとまず窓を閉めて、それからベッドに座り込んだ。照明もつけていない部屋は真っ暗で、それが名前には安心できた。


ーー雪が嫌いだった。雪は彼女の声を全て吸収して、そうして孤独な気持ちにさせた。白い雪の向こうに赤い血の舞う幻影を見た。雪の日の名前は自分をコントロールできなくて、いつもの自分を見失っていくようだったから。


「お前は強いと思っていたけど」


思惟に耽る彼女を遮ったのは一本の光と、聞きなれた声だった。顔を上げると、そこには神威が立っている。少しだけ眩しそうに細めた目の向こうで、神威はどんな表情をしていただろうか。目が光に慣れない彼女にはそれを判断する術はなかった。


ーー甘えだと、神威はそう言うだろうと名前は思った。彼女にとって何がきっかけだったのかも気づかなかったかもしれないが、自らの戦いに、その血に、その強さに誇りを持つ彼が、自分を見失う戦いをする彼女のそれを、好むことはないだろうと思った。実際いつもと違って脇腹には血が滲んでいたーーそれには部屋に戻るまで気づくことさえなかった。


「弱さを見せるつもりはなかったの」


そう返すので精一杯だった。神威は無言で部屋に入ってきた。よく見れば手の血こそは洗い流されていたが、団服はまだ血塗れだった。青い瞳は何を考えているのか分からない不思議な光を灯していた。


「…雪?」
「よくわかったねえ」


壊れた笑顔でいつも通りに話そうとする名前にはしかし、いつもの面影は見えなかった。部屋の暗さも相まって、本当に闇に溶け込んでしまいそうだった。部屋に入った神威は、ベッドに座り込む名前の前に立ち止まった。


名前の予想に反して、神威は彼女に失望のため息を吐くことも、ましてや攻撃を加えることもなかった。名前には神威が何を考えているのかが分からなかったが、彼は無言で名前を見ていた。


「地球のサムライってのは、軟弱な魂と軟弱な身体で、想像もできないような力を発揮するんだ」


唐突にそう切り出した神威は吉原のことを思い出しているのだろうと思った。名前は見ていなかったけれど、あの時の銀髪の侍は確か、吉原の恩人と呼ばれ、彼によってあの街に太陽が昇ったのだ。誰しもがーー日輪も、月読も、彼に対し特別に尊敬し、感謝していたことを思い出した。


「お前が簡単にトラウマなんかに支配されて軟弱な体に傷をつけることに対しては理解に苦しむよ」


「だけど、俺はお前の戦いの秘密を何も詳らかにはしていないし、一度も傷をつけたこともない」


だからお前にはまだ生きていてもらわないとネ。
そう言った神威の心中にどんな感情が渦巻いていたのかは名前の想像の範疇を越えていた。ただ、一つだけ感じたことがあった。あのときのことを思い出したのだーーつまり、彼が珍しく、名前に縋った日のことを。名前はあの後一度として彼の同じところは見なかったし、あれ以降2人の間でさえあれはなかったもののように扱われていたけれど、それを決して忘れることはなかった。あの時名前自身が歌った歌が頭の奥に流れていた。


その後、2人は汚れた服を着替えることも、名前の腹部の怪我を治療することもなく、名前のベッドで眠った。服を脱ぐことも、キスをすることも、体を弄ることもなかった。ただ同じベッドで、互いの存在を感じながら、互いの吐息を子守唄に2人は眠った。名前は神威が何を思ってそうしたのかは分からなったが、荒んでいた心が凪いでゆくのを感じた。

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