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阿伏兎は、自分の上司と最近入った地球人の女に肉体関係があることを当然察していた。ーー女は元は遊女なのだから、それに対して今更驚くこともなかった。寧ろ戦いのときも日常でも、扱いづらい上司の気をうまくなだめてくれるその女には好感を抱いてさえいた。実際仲は悪くない方だろうし、名前は悪い女ではない。一度だけ様子の違ったときがあったが、あの時の動揺もあれ一度で、以降はいつもの読めない笑顔と間延びした声、マイペースな言動を貫いているようだった。


「ーー神威はあっちのチキン?ついでにとってくるよ」
「うん、ありがとう」


一心不乱に食事を頬張る神威の隣では元々地球産としても小食であろう名前の食事は殆どないも同然に見える。珍しく正装をした3人が今いるのは春雨の幹部だけが集められる社交パーティのようなものだった。当然犯罪シンジケートのパーティがまともなものである筈はなく、バイキング形式の食事を好きなだけ食べられるというだけの理由で此処を訪れたのは神威だけで、組織内での様々な取引、それも表では言えないようなことを行うためのものである。阿伏兎は周りの、例えばとなりにいる勾狼と世間話や世間話でない話をーー内容は察されたいーーしながら、その2人の様子を眺めていた。


「これでいい?」
「ありがとう、これ美味しいネ、地球の料理かな」
「ああ、天ぷらだねえ、地球だねえ」
「やっぱり、ご飯は地球が一番だよネ」
「そうかなあ?地球でたべたらもっとおいしい…そもそもこの魚一体どこの星のだろう…」


神威は女子供は殺さないと言うが、その女子供を傍に置いていたことは殆どなかった。
たまに気まぐれにどこかの星で女を抱いていたこともあったが、そういった時に限って相手は皆殺しにしているようだったーー大方この女との子供に未来は感じられないと思ってのことだろう。名前はーー戦闘においては夜兎に引けを取らない実力者だし、そのときの研ぎすまされた刃のような雰囲気は強者のそれであったけれど、特にこういう場においてーー自分の想像する上司の印象とは不釣り合いなように思われた。少なくとも、となりにいる勾狼団長はそう思っていることだろうーーその表情を見る限りは。


「神威は女ができたのか?」
「そりゃあこっちだってそれで落ち着いてくれたらよかったよォ。あれはウチの参謀だ」


あんなひょろい女が?と考えているだろうことはすぐに分かった。しかしそんな彼に神威と幾度となく戦って傷を負ったことが殆どないのだと告げれば、その表情は驚きから恐怖に変わった。そうしてあの2人が隣り合って座っていることを酷く納得したように見ていた。阿伏兎はそれを感じながら、どこかに違和感を覚えていた。


ーーあの星の麻薬は質が悪くて、あまり売れねえらしいぞーー
ーーあの星から売られてきた女、今は第二師団の地下牢にーー
ーー十年前に滅んだ末端組織の生き残りが新しい人体実験をはじめたらしいーー


相変わらず煌びやかな装飾に似合わない会話ばかりが聞こえてくる。勾狼はいつの間にか隣におらず、一通りの挨拶や情報収集を終えた阿伏兎も食事へと戻った。


神威と名前は相変わらずだ。神威はテーブルに皿を何十枚と積み重ね、名前はたった1枚の皿に載った食事を食べ終えて今はパフェにとりかかっている。戦場の匂いを嗅ぎ付ければ人が変わる神威も、ただ食べているだけなら可愛らしいものだし、それは名前も同じである。そして戦場にいけばまた戦場で、2人の雰囲気は同じように変わるので、それもまた違和感のないペアである。まさにそれが勾狼が想像しただろうことだ。
…しかし、それ以上に、もっと別のーー戦いでも性欲でもないーー何かによって共鳴しているのではないか。阿伏兎の根拠のない推測はそこで終わった。考えていても仕方がないので、珍しく豪華な食事を楽しもうと思い直したのだった。


そのときのパーティで名前が何かを聞いて、それに目を細めたことには気づくことができなかった。

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