3-3




名前の何度目かも知れない宇宙旅行に神威が着いて行ったのは彼女が退院してから5日目のことだった。
気配を消して小型の宇宙船に先回りしていた彼に珍しく気づかなかった名前は、戦艦を離れ宇宙を漂い始めてから気づいた桃色の頭に瞳を2,3回瞬かせた後、こんにちはと言って笑った。神威は同じように笑ってやあ、と返した。


「それで、どこに『散歩』するの?」
「星の名前は分からないんだよねえ。太陽系で木星と火星の間の軌道を取る小惑星、だって」


神威は頷くと、しばらくの沈黙が訪れた。
4人乗りの小型宇宙船は、4人乗れば窮屈に感じるくらいの広さしかなく、二列シートの後ろに隠れていた神威も座ってしまえば名前とは手を伸ばさずとも髪を触れることのできる距離感だった。名前と神威は沈黙の中で、銘々思惟に耽っていた。互いに対して伝えていない秘密があり、伝えていない感情があったので、そのために2人は互いの思っていることを尋ねなかった。互いにそうしようとは思っていなかったし、互いにそう思ってはいないだろうという感情は共有していたために、それが気まずさを生み出すことはなかった。ただ無言のままに時間は過ぎて、そう長く経たないうちに船は目的の星へ降り立った。


太陽からの距離が地球とのそれに比べてずっと離れたその星には、殆ど日の光は届かない。地球と同じように岩石で構成されている筈のその星は、一面が真っ白い雪と氷に覆われていた。空は薄暗いが、地面の厚い雪とは裏腹に雲は一つもなく、遠くの恒星達がよく見えた。


「わたしはこの星をS51って呼んでたんだ」


名前が小さく言った。迷いなく歩く彼女の瞳の先には何が映っているのだろう。神威は同じ方向を見ても、薄暗い闇しか見ることができなかったが、名前の目はまるでその向こうに何かを捉えているように光っていた。


少し歩いたところで、不意に名前は振り返った。


「どうして今日、ついてこようと思ったの?」



名前は少しの間を置いた後、そう尋ねた。それはつい先ほど、宇宙船のなかで聞かなかった質問だった。神威はそれを尋ねることの意味を理解していた。ーー彼女も彼が尋ねようとしたことを答えようとしているということを。


「アンタが何かを探しているのは知っていたけど、今日はそれが見つかったようだったから。針を磨いてたってことは戦うつもりなんだろう?面白そうだ」
「流石団長様、素晴らしい観察眼だねえ」
「十中八九アンタの過去に関することだろう。俺はアンタのその戦いに興味がある。今日着いて行けばそれが分かると思ったんだ。間違ってないデショ?」


にっこりと笑った彼女は神威の答えがそれだけでないことにもおそらく気づいているだろう。名前は笑顔を崩さないままに口を開いた。


「わたしのこれは人体実験の産物なの。組織は春雨と手を組んでいたけどわたしが滅ぼしちゃった。ただ最近残党が新しい実験を始めたみたいでね。わたしが殺し損ねたんだから、ちゃんと後始末はつけとこうと思ってねえ」
「なるほどネ、それで此処数日その組織の実験施設のある星を探し続けてたワケだ」
「ええ、間違えて迷いこんだ星で不死の生物に脇腹切られた時にはやめようかとも思ったけど、みつけちゃったからねえ」


ついた。
会話を終わらせたのは名前のその一言だった。闇に同化するように暗い色の人工物が唐突に聳え立っていた。神威は、それは名前にとって過去のトラウマに当たるものであると思っていたので、名前が表情一つ変えないことを不思議に思った。ーーあの雪の日、彼女が考えていたのは此処でのことではないのだろうか。


そのときの彼は、名前の過去も、現在も知らなかったので、彼女が本当に怖れるものが何で、此処に本当は何のために来たのかを誤解していた。

- 23 -

prevnext
ページ: