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阿呆提督に呼ばれた神威と名前は大きなテーブルに隣り合って座り、食事をしていた。神威のスペースから大きくはみ出して、名前の食事の向こうにも空の皿が山積みになって置かれているのとは対照的に、名前の目の前の食事は1人前にも満たない量で、阿呆提督はそれを奇妙なものを見る目で眺めていた。


ーー鬼兵隊。
外界と隔絶された吉原においても、その名は知られていた。否寧ろ外界と隔絶されたあの街だったからこそ、地上とは異なる法に支配された街だったからこそ、攘夷志士も堂々と街を歩いていたし、中には鬼兵隊を名乗る者もいた。彼女が花魁をしている間にそのトップには会ったことことなかったが、噂話は絶えることがなかったと名前は記憶していた。


「使いおわった道具を片付けよ」


そう神威に命じた阿呆提督は、名前を部屋に残した。再び元のテーブルに座ると、阿呆提督が立ち上がった。それを黙ってみていた名前は、部屋に殺気が満ちるのを感じた。振り返ってみると、先ほど神威が出て行った扉が開いて、十数人の天人が銃を持って入ってきた。


「…あなた方が第七師団を疎んでいらっしゃったことに、わたしは気づいておりました」


名前はいつも阿呆提督と接するとき、花魁の表情をする。いつもより少し低い声でゆっくりと、しかし間延びしないように。郭言葉でこそないが、それは吉原のときの顔である。武闘派師団に属していれば接待の機会などそう多くはないので、名前は久々に自分が昔いた場所のことを思い出した。


「流石は第七師団の参謀といったところか。其方は優秀な頭脳の持ち主じゃ」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「そんな優秀な其方に敬意を表して選択肢をくれてやろう。ーーここで其方の団長より一足早く逝くか、それとも4日後、其方の団長が殺される様を黙って見届け春雨に永久の忠誠を誓うか、どちらを望む」


なるほど、このアホ提督に一本取られたわけかあ。同じ時に同じことを神威も考えているとは露にも知らず、名前は心の中でそう呟いた。おそらく戦艦の方にも提督の刃が向けられているだろう。現状を一通り把握した名前にとって、この場で阿呆提督を含め部屋にいる全ての人間を殺すことは簡単だった。しかしどの程度の人間が彼方側に着いているかわからない以上此処で派手に動くのは得策ではないように思われた。


「わたしの出身地である地球にはこのような言葉が御座いますーー長いものには巻かれろ、と」


そう笑って立ち上がり、しゃがみこんで深く頭を下げた名前を見下ろして阿呆提督は笑った。ーー賢い女は嫌いではない、そういう彼の瞳にどんな感情が滲んでいたかなど、名前は顔を見ずともわかった。


ーー守らなければ。そう名前は思って、そうして。
心の奥が冷たくなってゆく気がした。

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