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春雨第十師団団長・勾狼はいつだったかに聞いた阿伏兎の言葉を今更のように思い出していた。
ーー神威と戦い、傷を負ったことのない女。
警戒していた筈なのにそれはいつの間にか忘れ去られ、己の下で喘ぐだけの弱い女だと思い込んでいたことは自分の敗因の一つであることは明らかだった。


眼下では銃を神威に向けて構えていた筈の男達がそれを此方の軍勢へ向けて乱射している。つい先ほどまで提督の横で白いワンピースをーーこれは阿呆提督の好みであるーー身につけていた名前は、どこから取り出したか分からない針を使って敵を攻撃し、彼らは起き上がれば皆寝返って此方へ刀や銃を向ける。寝返りではないのは明らかだったが、その白いワンピースに一滴のシミもつけずに戦う姿は女神のようだと勾狼は思った。ーー女神のように神々しく、美しいが、女神のように残酷だ。此方に刃を向ける彼女が彼を救うことは決してないのだから。


「名前、そのワンピースどうしたの?」
「提督がねえ、今日はこれを着てって言うから」
「へぇ…あのアホ提督、アホなだけじゃなくて変態だったか」
「そうだねえ、しつこい愛撫の好きな男だったのは確かかなあ」
「なに、ヤッたの?団長がこうして傷だらけで牢に入れられている間に?」
「その団長様を助けるために取り入ってたの」


凡そこの場にはふさわしくない会話を繰り広げる2人は相変わらずマイペースだった。阿伏兎はそれを聞いてため息をつき、高杉は面白そうに笑っていた。その笑顔をみた鬼兵隊のとある団員は瞳を輝かせていたが彼女についてはここでは割愛しよう。


名前はふと隣に神威の姿がないことに気づいた。
ーー間もなくこの場も此方が制圧するだろう。名前が此処にいる必要はあまりなかったし、神威の行った方が気になった。提督と勾狼団長の逃げていった方だろう。彼女は操っていた男達を全て殺してしまうと、それを追いかけるために扉の向こうへと歩いていった。


暗い廊下は100mほど続いていた。
そこを一人で歩きながら名前は考えていた。処刑される直前まで提督を馬鹿にしていた彼のことを。おそらく彼は殺されてやるつもりなんか微塵もなかったし、いざとなれば高杉の手助けがなくともここを全滅させるくらいのことはしていたのではないだろうか。そう、守らなければ、なんておもったけれど。


「守らなくても、神威は強い…」


扉を開けば、大破した小型宇宙船の前で神威と高杉が話をしていたーー手を組む、ようだった。
分かっていたことじゃあないか。神威は強い。名前はそれを改めて実感した。神威がふと名前の方を見る。青い瞳は今となっては見慣れた宇宙よりも、あの時の青空に似ている。


「名前」


名前を呼ばれ、名前は高杉に一礼だけして、彼の後ろに続いた。
ーー吉原に昇った太陽が照らした青空みたいなその瞳に。


その日彼は、彼女を抱かなかった。

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