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名前はこの数日間のことを思い出した。
真っ赤に引かれたルージュが見知らぬ男のシャツを染めて、体は知らない男の唾液に汚れた。元来他人に関心を持ったない彼女にとって、数回の逢瀬を経て体を重ねる吉原の客と、はじめから会話もなしに笑って体を弄る男との間にそう違いはなかったので、抵抗をすることもなかったし、それで心が汚れたとか、体が汚れたとか嘆くこともなかった。強いて言うならば、金のために抱かれていた頃よりは、目的を持って抵抗をせずにいた今の方がずっと気分がよかった。

それよりも。


この人よりも神威の方が指は細かったとか、
この人よりも神威のほうが吐息が色っぽかったとか。


そんなことを思っては馬鹿みたいだって気づいて、だって今此処に彼はいないんだから。
いつもいつも抱かれる男の顔なんて覚えてなくて、吉原にいた頃は見習いの遊女の方がわたしの客を知っていた。それは何度交わったって同じで、でもそれは神威だけは違った。当然それは体を重ねるだけじゃあなくてもっと色々なところで関わっていたからだというのもあるけれど。


守らないと、なんて。
そんなこと思ったのは何時振りだっただろうか?彼の強さにはどこか脆いところがあって、その奥には抱えた過去と、弱さとがあることにだって気づいていた。


ーー誰かを守るというのはいやだった。
人を愛することは守るべきものを作ることだと思っていたから、元来他人に関心がなかったのに拍車がかかって。
守らないと、なんて思った自分が怖かった。自分には人を守ることなんてできないと思っていた。だからそう思うことをやめて生きてきた。昨日まで仲良くしていた人を簡単に棄てたし、昨日抱かれた男を針一本で殺した。でも、何をしていても脳裏によぎるその姿を、否定し続けることは今更できなくて。


気づいたことがある。
彼の弱さは、こんなところで彼の強さを揺らがせるものではないということ。
ーー「守らなくていい」ということ。


互いを守るべきものとすることだけが人を愛する方法ではなくて。互いを守らなくても私も神威も十分に強いのだから。そんな当然のことに気づいて、だからこの感情は否定しなくていいんだと思ったら、泣きそうなくらいに嬉しかった。


あの時神威の目をみて分かったことがある。
ーー思いを伝えられるのは言葉だけじゃない。
その日彼と体を重ねなかった。戦いの後に昂る情熱をぶつけたりしなかった。言葉もなくただ寄り添って眠った。その意味は、お互いだけが知っていればいい。


ふとあの日、吉原に太陽が昇った日のことを思い出した。
ーー彼がわたしの人生を変えるかもしれない、と。そう思った時のことを。
たまには直感に頼って生きてみるのも悪くはないなあ。

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