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その日任務で訪れた星は観光業で栄える美しい街だった。吸い込まれそうな青空とまぶしい太陽の映える真っ白い建物、石畳の道。人生の殆どを実験施設や地下で過ごしてきた名前は珍しく窓の外を見て子供のようににっこりと笑っていた。しかしそれと対照的に、神威や阿伏兎、他の第七師団の団員達の表情は笑顔とはほど遠いーー太陽とそれを反射する物質に囲まれた街など夜兎にとっては地獄と大差ないに違いなかった。


「今日のはただの商談だからわたしが済ませて、ついでに買い物でもして帰ってくるね」
「ああ名前、すまねェな」
「謝らなくていいよう、わたしはこういう街好きだもの」


心なしか窓や出口からさえ距離をとる阿伏兎に名前は笑顔で単独行動を告げた。名前普段の団服ではなく、吉原を出た時に身に纏っていた小袖を揺らしている。


「名前」
「神威、貴方も今日は外出しないでしょう、太陽がなくたって此処では戦闘になることはなさそうだしねえ」
「ああ、でも日が沈んだらお前のところに行くからよろしくネ。この星は地球ほどじゃあないとはいえご飯が美味しいんだって」
「へえ、たしかに海辺だから魚料理とか美味しいのかも。じゃあ終わったら連絡するねー。じゃあ」


名前は太陽が真上から照らしつけるのにも構わずに戦艦から下りて、少し先に見える街の向こうへと消えて行った。阿伏兎は2人の会話を黙って聞いていたが、戦艦の扉が閉まると神威の方を向きなおった。


「団長、アンタの好みは体1つに22人の女が入ってるようなのだったのか」
「阿伏兎が言ったんだろう?女は手に余るくらいがちょうどいいって」
「手に余るどころじゃねェよあれは。てっきり体だけかと思っていたが」
「ありゃま、」


ーーそれは知られていたか。神威は呟いた。当たり前だ、ウチで知らない奴はいないさ。阿伏兎は返した。
神威は太陽の下を歩いているだろう名前を頭に浮かべた。彼女は普通にしていればマイペースなどこにでもいる地球の女の子のようだから、それは何の違和感もない光景で、いっそまぶしく感じられるくらいだろうけれど、どうしてだか神威には彼女の嫌う真っ白い雪の中にいた方が似合う気がした。


太陽は外界を等しく照らし続ける。雲一つない青空はその光を微塵も遮らない。建物でさえそれを反射し、大きく開かれた窓によって光は部屋いっぱいに届く。そんな景色がずっと続く街の隅で、すべてを覆い隠すように暗い戦艦。窓は閉じられ、光は殆ど届かない。それが神威には少しだけむなしく感じられ、部屋へと戻って行った。阿伏兎はそれを無言で見送った。


「では今後もよろしくお願い致しますわ」
「ああ、こちらこそ」


時がたって、やがて日が西に傾く頃、真っ赤に染まった白かった建物の一つから名前は出た。ーーこれだけみたら非合法な組織だなんて誰も思えないだろうなあ。心のなかで呟いた。連絡用の端末を取り出そうとして、ふと見知った気配に振り向く。


「…神威、まだ日は沈んでいないのに」
「たまにはいいかなあと思ったんだけど、やっぱり日差しはきついネ」
「そりゃあ、ここは地球より日差し強いからねえ」


そこにいたのは全身に包帯を巻きながらも少し弱々しい声をだす神威だった。日差しが強い上にそれを逃がすものは何一つなく、そこら中で光が反射を繰り返す星は神威にとっては天敵に等しいようだ。名前は少し心配そうな表情を浮かべた。


「…一応美味しいレストランを教えてもらったけど」
「本当?じゃあそこに行こうヨ。俺お腹空いちゃったんだよネ」
「ええ」


名前は彼の様子に何も言わずに、ただ寄り添って歩き出した。余計なことに口を出さない名前が神威には好ましかった。


太陽は誰ものけ者にせずに平等にすべてを照らすけれど、それを誰しもが同じように受け取るとは限らない。ある者にとっては希望の象徴であり、ある者にとっては絶望の象徴である。ある者にとっては与える存在であり、ある者にとっては奪う存在である。太陽は誰も嫌わないし、誰も愛さないけれど、人は太陽を愛し、夜兎は太陽を嫌う。ちょうど、日向に咲く花もあれば日陰に咲く花もあるのと同じように。しかしそれだけのためにどちらかがどちらかよりも美しいとは言えないし、どちらかがどちらかと比べて正しいとも言えない。


西日に照らされた名前を見て神威は似合わないと思い、
西日に照らされた神威をみて名前は眩しく美しいと思った。
神威は早く太陽に沈んでほしいと願い、
名前はいつまでもこの太陽が神威を照らし続けてほしいと願った。


ーーああでも、あんまり神威の体調が悪くなっても困るかなあ。

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