5-2


神威は昨日、名前の様子に少しの違和感を覚えたことを思い出した。


ご飯を食べて、それから街を散歩した。日が沈んでも眠らない街の大通りはたくさんの街灯が石畳を照らし、真っ白な建物の色とりどりの扉はどれも全て開かれて、あるところからは酒を飲んで賑やかに騒ぐ声が、あるところからは落ち着いたジャズが聞こえてくる。あるところでは宝石がまばゆい光を放ち、あるところではマネキンが美しいドレスを身に纏って、それを下からライトが照らしていた。服を買っているところを見たことのない名前が珍しく赤いワンピースを試着して、それがよく似合っていたものだから神威が買い与えた。名前は嬉しそうに笑うと、着ていた小袖を脱いでそれを紙袋に入れると、買ったワンピースに合う赤いハイヒールを履いて店を出た。


「ありがとう、これかわいいなあ」
「びっくりするくらい似合ってるネ」
「そうでしょう、赤いワンピース大好きなの」


あまりに幸せそうに笑うので、神威はたまには贈り物をするのも悪くないと思えた。
その後も石畳をくだりながら、鞄やネックレス、簪など様々なお店に寄っては好きなものを買ってゆく。神威も優しく笑って鞄を選んだりしたので、買い物は捗ってたくさんの紙袋を2人で抱えることになった。街を出て戦艦に着く頃には名前レッドカーペットを歩く女優かなにかと見紛うくらいに美しく着飾られていて、それをみた阿伏兎は驚いて声もでないくらいだった。


素晴らしいことは、彼女自身も、買った服も鞄も魔法みたいに美しいのに、それは消えることがないということだ。たとえそれが12時の鐘が鳴る頃にはベッドの隅に積み重なっていたとしても。


行為を終えて2人でベッドに横になったとき、名前は呟いた。


「今日起きたことが夢じゃないってことを、これからこの服を見る度に思い出せる…」


それは、幸せそうなはずなのに、どこか陰があって。
神威はそのときの名前の表情を不思議に思った。ーー何故、買ったときと同じように屈託なく笑わないのだろう、と。


名前がいないことに気づいたのは、そうして2人で眠った次の日の、朝のことだった。

- 33 -

prevnext
ページ: