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「ねえアンタ、ここの遊女だろ、さっきの女たちとは違う、客をとる方の」
「そうでありんす。お前さんは鳳仙の関係者でござんしょう?」
「まあそうかな。ここでもうしばらくアンタについて聞きたいところだけど、」

今はそういう時間はなさそうだし、後でゆっくり聞くことにするヨ。
そう笑った男ーーおそらく夜兎ーーは名前から、彼女の足に隠れて震えている晴太の方へ目を向けた。どうして、そんな感情を隠そうとしない晴太に男は日輪のところへ連れて行くと言う。吉原で最も強く、美しい女に興味を持ったのだと。混乱に包まれる吉原で、この周辺だけが台風の目のように静かだった。しかし同時に、台風の目のように、

「っどうして…!」

その周囲には激しい嵐が吹き荒れているようだった。
歩き出した3人を追いかけるように百華の女性たちが再び襲ってくるのを、名前は相変わらず初めに奪った苦無で気絶させ、男は容赦なく殺した。驚きと怯えでそう呟いた晴太は名前の陰に隠れながらも、怒りにも似た感情で男を睨みつけていた。

「随分懐かれちゃったなあ…」

晴太はあまりに名前から離れなかったので、名前はうっかり廓言葉を忘れてそう呟いて苦笑した。今まで戦いと縁のないところに生きてきた少年にとって、このような残虐な戦いは経験のないものだったのだろう。なぜ笑っているのか、と叫ぶ晴太にこれが殺しの作法なのだと、そう言う男と晴太とでは、生きてきた世界がまるで違うのだろう。そして、

「アンタがひっついてるその女だって、俺とそう変わらないと思うんだけどネ。名はなんていうの?この場で顔色1つ変えないなんてとんだ遊女様だ。廓言葉も碌に使えないみたいだし?」

そう言った男に名前は、ばれた?とでもいうように悪戯っぽく笑った。名前はただの遊女ではなく花魁であるが、とてもそうは見えない幼い笑顔だった。そうすると晴太が少しだけ震えたのを感じたので、苦無を片手に持ち替え、もう片方の手で優しく頭を撫でる。晴太が安心した表情を浮かべたが、白い襦袢はところどころ赤く染まっていて、まるで死神みたいだと少し笑ってしまった。

「名前よ。何年も行儀作法や言葉遣い、笛にお琴に色々勉強したんだけど、なかなか身につかなくてねェ」

そう返したところで名前は立ち止まった。青年は神威と名乗り同じように止まる。
ここだよ、晴太。そう名前は囁いた。大きな扉を前にして、ああ、日輪は怒るかもしれないなあなんて、今更のように思いながら。

日輪と晴太の会話を聞きながら。見知らぬ銀髪の侍がその扉をこじ開けるのを、日輪と晴太が抱き合うのを眺めながら。名前は家族っていいなあ、なんて呟いてみた。名前と日輪は友人だったが、晴太の話をしたことは一度もなかった。しかし友人だったので、口に出さずとも、あの晴太という少年がいつも彼女に会いにきていたことを、またそれを見ないようにしながらもずっと日輪が彼を思っていたことを知っていたし、2人の間に何かしらの絆があるということを知っていた。母さん、と、晴太がそう呼んでいたことを知っていた。涙を浮かべる日輪は綺麗だったし、鳳仙と戦う銀髪の侍を尻目に一生懸命日輪をつれて逃げようとする晴太も綺麗だと思った。

「日輪」
「夕霧…いや、今は名前と呼んだほうがいいかい」
「そうだねえ、こうしているともしかしたら夕霧と名乗ることはもう二度とないんじゃないかって気がしてくるよ」
「はじめから遊女になんてなれてなかったから安心しな」

そう軽口を叩くも、晴太から日輪を受け取ることはせずに、ただその横を歩いた。後ろで続く戦いや、それを眺める青年ー神威のことは気になったが、今は日輪のそばにいるべきだと思った。こちらの味方らしい数人の百華は名前の方をみてとても驚いたようにしていたが、名前は何も気にせずに苦無を持って立っていたので、誰もそれを尋ねることはしなかった。

ーーそれから名前は日輪を置いて晴太を守りながら管制室を目指し、途中で出会った二人組ーー新八と神楽というらしいーーと協力して晴太を守り続けた。名前は結局襦袢姿のまま、吉原に登る太陽を見ることになったのだった。数年ぶりにみた太陽は相変わらず眩しくて、名前は思わず目を閉じた。

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