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面白そうだと思った。
その女は、明らかに他の苦無を持った連中とは異なっていた。まず格好。何故か白い長襦袢を身にまとっていた。おそらく彼女は遊女で、「最中」に騒ぎが起きて廊下に出たのだろう。しかし見れば、あの晴太という少年を守るために他の女を簡単に倒してみせたではないか。それも自身は何一つ武器を持たずに、相手の投げた武器を受け止めるという形で得た獲物を使って。手つきは明らかに慣れていた。そして何も考えずに、そう、経験と直感だけで戦っているように見えるのに、何故か敵を殺そうとはしない。また全ての敵に対し、全く同じ場所を狙って苦無を投げる。同じ頭の、同じ部位に。ただ殺さないだけならば、それは単なる弱さかもしれない。しかしあれは明らかに何か、自分には分からない何か別の意図があってのものだろう。それが何であるかに興味を持った。動き自体は地球産にしては速い方というだけだが、何か別のものを隠し持っているように思えた。あの場で戦いたかったが、それを暴くのは得策ではないように思われたし、力を持っていて、強い子を生むかもしれない女を簡単に殺すのも自分のポリシーに反するのであのときは見逃しておいた。そのあと一人でいるところに声をかけて一緒に来ないか誘ったらなんと了承したではないか。これは好機だと思った。

「っていうことでさ、阿伏兎あの女を連れてきてよ。待ち合わせ場所はちゃんと指定してあるから」
「っていうことってどういうことだァ、このすっとこどっこい」

神威の唐突な発言に阿伏兎はため息をついた。ーーこれが一週間、阿伏兎が上に今回の件についての説明をしている間地球に残っていた理由だったのか。いや勿論、地球のご飯は美味しかったのだろうが。

「地球の飯はうまいから、まあもうちょっとこっちでこれを堪能するヨ、母船へは一人で行ってきて。あと一週間で戻ってきてネ」そんな無茶ぶりを押し付けて一人地球を堪能していた神威の更なるわがままに殺意を覚えなくもないが、殺そうとしたところで殺されるのは自分だ。ただでさえ右腕なくしたのにこれ以上失ってたまるか。阿伏兎は今回吉原で失った自分の右腕と部下の命を思い出しながら、それを「すっとこどっこい」の一言で済ませた。

「そもそもあの女って誰だよ」
「あり、阿伏兎あの女と会ってないんだっけ。えっと、」

名前って言ったかな。あの日輪と同じ店の。
そういった神威にますます首を傾げる。何故突然花魁なのか。そもそも2人の間になにがあったのか。というかあの滞在中に花魁と遊ぶ暇なんてあっただろうか、否なかった。なにが起きているのかさっぱりわからないが、とにかくこれ以上団長からまともな情報が得られるわけがないだろう、そう判断した阿伏兎はとりあえずその場所へ赴くことに決めたのだった。

そして今、目の前に立つのは地味な着物を着ているものの明らかに高級な簪を刺した美しい女性。

「あなた、神威のお知り合いかしら?」

そう声をかけて来たのは向こうからだった。阿伏兎は突然見知らぬ女から出て来た知り合いーどころか神威は一応上司であるーの名前に立ち止まった。

「アンタまさかとは思うけど、名前って名前だったりする?」
「ええ、そうだけど」
「オイオイ、団長よォ、あん時こんな別嬪さん捕まえる暇あったかよ」

思わずそう呟いたのを聞いて「団長?神威って偉いんだ」なんてマイペースなことを呟く女は本当にこれから何処に行くのか分かっているのだろうか。阿伏兎は不安に苛まれながらも彼女を連れて歩き出した。太陽が上ったこの街は夜兎には生きづらい。一方隣の彼女はずっと此処に居たからか夜兎にも負けない白い肌をしているが、太陽を嫌う様子もなく日向を堂々と歩いている。それが妙に似合っていたので、尚更神威がこの女、名前を連れてこいと言った意味がわからなかった。

「あー、嬢ちゃん、アンタ、この後どこに行くか分かってる?」
「え、春雨の母艦に行くんでしょ」

あと神威と「ヤりあう」。
その「ヤる」ってのはどっちの意味なんだ、寝るのか、それとも殺し合うのか。そう口から出かけたのを、阿伏兎はギリギリのところで止めた。初対面の女性に対して聞くことではないと思ったからだ。しかしどうだ、彼女は自分の行く先を知っていると言うではないか。一体どうして春雨の船に乗るというのにこんなにのんびりとしているのか。

「ただ神威にはちゃんと話していないことがあって」
「あ?」

突然そんな話を始めた名前に阿伏兎は下を向いた。名前は困ったような表情を浮かべていた。

「わたしサシの勝負ってできないんだよねえ」

詳しくは言えないんだけど。神威はそれをお望みだろうね?
雰囲気に全く似合わずそんなことを言い出す彼女に、それはどういう意味かを考えるよりもまず、「やっぱりヤりあうって、殺るのほうだったんだな」と思ったのだった。


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