Guilt-ridden people
タイニー・ブロンコはもともと海を渡るために作られたわけではない。
当たり前のことだけれど、飛行機を無理にボート代わりにするのはなかなか簡単ではなかった。あまり底の深いところまで出るのは危ないとのシドのアドバイスでなるべく浅瀬を進み、遠くにぼんやりと見えた大陸に向かうにも潮に流され風に吹かれ、ようやく上陸できそうな場所を見つけた頃には日も沈み、不安定な足場で海を渡った一行は疲れ切っていた。
「やーっと着いた!」
「大変だったね…オイラ途中で何度落ちそうになったことか…」
「とりあえず今日はここで野宿にしようか」
ティファのそんな提案で浜辺にテントを建てる。
ユフィらはロケット村で食料を調達していたようで頭があがらない。わたしのカバンの中にはニブルウルフから拝借したルチルの実しか入っていなかったので。こういうところに旅慣れしていないところが出てしまうなと考えながら食事をすませていると、皆あっという間に食事を終えてテントの方へと消えていった。
「…ユリア」
「ヴィンセント?」
食べ終わったものの処理をしてそろそろ自分もテントへ入ろうか、と思っていたところで頭上から聞こえた声に顔を上げた。相変わらず無表情のヴィンセントが静かにこちらを見ている。モンスターよけの焚き火に照らされて赤い瞳がさらに鮮やかに色づいてこちらをじっと見つめていた。
「どうしたの?」
「…ユフィがどういう思惑でここへ私たちを連れてきたのかは知らないが…」
「…?」
「ここは…ウータイエリア。北へ進めばウータイの街が見えるだろう」
「…なるほど、ここが…」
ウータイ。ミッドガルとは異なる文化を持つ土地であると聞く。
おそらくこの世界の人間がこの言葉を聞いて最初に思い浮かべるのは、かなり最近まで続いていた神羅との戦争のことだと思う。あのセフィロスもウータイ戦役の英雄として有名だし、ソルジャーの名を世界に轟かせたのもこの戦争だったらしい。終戦して以降はウータイ内の反抗勢力も落ち着いているとのこと。
けれど、わたしがその言葉を聞いて最初に思い浮かべたのはそんな歴史上の情報ではなくて。
「…スピラとの関係、わかるかな」
「…」
ニブルヘイムで初めて彼らとあったときに、そう、ユフィが言っていた。
ヴィンセントも言っていたはずだ。「ウータイに伝わる神話の地」と。
レッドXIIIはなんと言っていたっけ。この世界とスピラにはなにか関係があると、そう言っていたのは覚えている。
けれど。
——知ってどうする?そう思っている自分もいた。
「…お前はスピラから来たと言っていたが」
「…信じてもらえるとは思ってないけど」
「…いや。そういうことではない。ただ、帰りたいとは思わないのか」
帰りたい?
スピラがそう思えるような場所だったら、今のわたしももっと違っていたのかもしれないけれど。
「…わたし、向こうでは死人で、誰もいない谷底でただ空を見上げるだけだったから。スピラに戻ってもその毎日が戻ってくるだけ。この世界ではスピラよりずっと、生きてる気持ちになれる」
すでに死した身であることは意識しないと忘れてしまいそうなくらい、この世界でのわたしは「生きて」いた。お腹は空くし、眠くもなるし、傷つけば痛い。誰もがわたしを当たり前に認識するし、触れることもできる。人の手の温かみも感じられるし、感情もある。
「…まあ、死んでるんだけどさ」
生きながらに肉体から魂を引き剥がされた時の感触はもう200年以上経つ今も鮮明に覚えている。きっと自分自身がすでにいない存在であることを自覚できるように、本能が強く記憶しているんだと思う。
けれど、それでも思ってしまう。願ってしまうと言ってもいい。あるいは、
「でも、信じたい。…こんな体でもここに来たことには何か意味があるって。それが何かはわからないけど、ちゃんと成し遂げるまではここにいたいよ。どうせ死ねない体だしね」
スピラとこの世界の関係を知ることで、その答えが分かるのかな?
相変わらず聞こえる星の声には少しずつ慣れてきたけれど、何を言っているのかは理解できないのに、時に必死に何かを訴えようとするそれを一日中聞き続けるのは楽なことではなかった。時々振り回されている自覚もある。
(……あなたは、何を伝えたいんだろうね?)
星に問いかけたところで、答えは返ってこないのだけど。
気がつけば無言になってしまった。そっと隣を見遣る。ヴィンセントはわたしの独白を静かに聞いていた。
瞳は海岸線の向こう、ずっと遠くを見つめていて、わたしも前を向いて同じように遠くを見つめた。
「ヴィンセントも、セフィロスを追いかけることに何か意味があると思うからここにいる…んだよね?」
「…償いだ。こんなことで私の罪が許されるとは思っていないが…」
「償い?」
「…ルクレツィアを…愛した、女性を救えなかった。…彼女が自らの胎に人体実験を施そうとするのを止められず、恐ろしい目に遭わせてしまった」
「…それが、セフィロス…?」
「…」
ヴィンセントは何も返さず、静かに瞳を伏せた。
ヴィンセントは淡々と感情を排した声で語るけれど、瞳はその声以上に彼の感情を映していた。それが胸を突き刺すようで、わたしの心に残る古い傷跡が疼く。思い出さないようにしていた記憶が、無理矢理に引きずり出される。
生まれてこなければ。
少し高い大好きだった声が、頭に反響した。
あの日からずっとその声がわたしを縛り付けている。動き出そうと足掻くほど、よりきつく、強く、あの日の谷底に。
わたしがもっと強くて、彼を信じ続けられて。
わたしを犠牲にする以外の方法を考えられたら、なにか変わっていた?
そんな無意味なことを自問しては、強くなりきれない自分が嫌いだった。
気がつけば二人の間を再び長い沈黙が支配していた。
何を言うでもなく、静かに並んでどこか遠くを見つめていた。海の向こうは暗闇に溶けて、何があるのかは分からない。それでもただぼんやりと、その先を見つめた。
その静寂を破り、わたしの終わりのない思考を止めたのは背後に突然現れたいくつかの気配だった。
「っヴィンセント!」
「ああ」
振り向くと数匹の長い嘴を持った鳥が焚き火に照らされてこちらへ向かってくるのがわかる。
「…雷神鳥か」
「雷神鳥?」
「ウータイエリアに住まうモンスター…奴等は強力な雷を操る。…クラウド達が目を覚ます前に倒した方がいいだろうな」
「なるほど…ヴィンセントは」
「…後始末を頼む」
静かに交わされる会話の後、再びヴィンセントの姿が変わった。前に見たのと同じ姿。紫色の体毛が焚き火に照らされて艶やかに光っている。風のように駆け出して、数匹の雷神鳥をテントから引き離すように噛み付いて遠くへと投げ飛ばす。小さな声で魔法を詠唱して、地面へ叩きつけられたその鳥にファイラを放つと、そう体力のあるモンスターではなかったようで地面から緑色の光が立ち上った。
何か嫌な予感がして駆け出すと、つい先ほどまで立っていたところに巨大な稲妻が立ち上る。慌ててヴィンセントの方を見ると、電撃はヴィンセントの方も襲っていたがそうダメージは大きくないようだ。口から炎を吐き出すヴィンセントを援護するようにエアロラを放つと、炎は激しく燃え上がる。程なくしてモンスターは全て消え去った。
「…ちょっと動きが速いな」
残ったのは倒す敵を見失ったヴィンセント。
四足歩行の生き物を優先して襲うくらいの理性は残っているみたいだが、本質的にはモンスターなのでそれがいなくなれば人型も襲うようだ。そんな分析をしている間にもヴィンセントはわたしに狙いを定めたらしい。
「っ!」
間一髪でテレポを唱える。
ヴィンセントの「上」へと瞬間移動すると、そのまま前と同じように首に手を添えて力を込めた。ヴィンセントの体がぴたりと固まって、そのまま人の姿に戻ってゆく。
「…大丈夫?」
「…ああ、すまない」
さらさらとした艶のある黒髪が指にかかる。
今回は元に戻っても気を失わなかったし、自力で元に戻れるようになるのも時間の問題だろうな、と思いながら立ち上がってヴィンセントの上から離れた。ぐ、と伸びをするとさすがに体が疲労を訴えているのがわかる。同じように立ち上がったヴィンセントの赤いマントが揺れていた。
「そろそろわたしは寝るよ」
「…ああ、私もそうしよう」
おやすみ、とヴィンセントへ一言告げてテントへと入る。
そのまま寝袋に入るとすぐに襲ってきた眠気に任せて瞳を閉じた。
腕やロッドにつけていたはずのマテリアが全てなくなっていることに気がついたのは次の日のことだった。