The unforgettable sound



「…うん…?」
「あ!ユリア!!!やっと起きた!」
「ユフィ…?これ…じゃない、ユフィ!マテリア!!」


わたしがそう叫んだ瞬間、ユフィはぴゅー、と口笛でも吹きそうな雰囲気で顔をそらす。
——もしかして、わたし、危機感足りてない?
ユフィをジト目で睨みながら内心でそう考える。マテリアを盗んで逃げていったユフィを追いかけてウータイの町までやってきたが、街を一人で歩いていた途中から記憶がない。前を見るとウータイの街が一望できた。誤魔化すように反対方向を向いているユフィ。反対側で同じように吊るされているスーツ姿の女性は誰だろう?


「あの、あなたは?」
「タークスのイリーナっす」
「…ああ、なるほど、どうしてタークスのあなたがこんなところで?」
「っそれは、」
「ハハ、ユリア言うー♪」
「ユフィ?」
「しらなーい」


どうも神羅が好きでなさそうな——ウータイ出身ならそれも納得のいくことだと思う——ユフィがイリーナと名乗った女性を揶揄っているが、そもそも盗んだマテリアのことも解決していなければ、ユフィもユフィで捕えられているのだ。人のこと言えないじゃん、と思いつつも笑おうとした口が引きつったのがわかった。


「…?ユリア、どうしたの?」
「っユフィ……マテリアは、」
「しっつこーい!」


ユフィはごまかせたのかあえて触れなかったのか、マテリアのことをしつこく問い詰めるわたしにじぶんのやったことを棚に上げて怒り出す。暴れるのに合わせてすこし軋む縄の音が耳についた。


——縄で吊るされるのはあまり好きではなかった。
同じように吊るされて目の前で命を絶った、大切だった人のことを思い出すから。
どうせ落ちたって死ぬことなんかないのに——だってもう死んでるし。それなのに、体が小さく震えるのはなぜだろう?


そんな思考を遮ったのは、少し遠くから響いた重い足跡だった。
見れば前に、金髪の好色そうな男が立っている。


「ほひ〜! いいの〜、いいの〜! 新たなシュミになりそ〜じゃの〜!」
「どのおなごにしようかな? ほひ〜ほひ〜!」
「…誰こいつ、」
「私たちを捕まえた男!キモチワリ〜!」


ユフィが心からの気持ちの悪さを表明している。イリーナも嫌そうに顔を顰めていて、それで思い出す。——ウォールマーケットの首領、コルネオでは?前に一度見たことのある姿が目の前のそれと重なった。確かにウォールマーケットの奥にあるコルネオの屋敷はウータイ調だったし、毎晩そこで花嫁を探しているのは有名な話だった。ぞわぞわと両腕に鳥肌が走る。


気持ち悪い、こんな無理やり女の子を連れてきて遊び相手にする?
しかもイリーナの様子を見るにすでに神羅からも見放されているようだし。


コルネオは両脇にいたユフィとイリーナの前へ立った後、わたしの前に立った。


「それとも〜、このコかな〜?」
「…」


卑劣な男に何を言うでもなく、ただ無言で睨め付ける。
それに男はむしろ興奮する、とでもいうように「ほひ〜!」と嬉しそうに叫んだ。



「あ〜ッ!こんなことなら、ナワ抜けの修行マジにやっとくんだったよ〜!」


ユフィ…
あいかわらず緊張感があるのだかないのだかよくわからないユフィに少し呆れてしまう。それにも嬉しそうに笑ったコルネオはユフィの前から動くことなく口を開く。



「ほひ〜!!決めた決〜めた!今夜の相手は……この元気そうなおなごだ!」

「ゲゲッ!ざけんな、ジジイ〜!マテリアも持ってないクセによ!」

「ほひ〜!そのこばむしぐさがういの〜、うぶいの〜」


(…なんでもいいけど、早く助けこないかな…)


タークスの前で魔法を使いたくはないけれど、この後本当に誰も助けがこないままユフィが連れていかれてしまったら、たとえ彼女がマテリアを盗んだ犯人だったとしてもそのまま放ってはおけない。どうしようかと逡巡していたところでやっとクラウドの声が聞こえる。バレットとティファを加えた3人がコルネオを睨みつけている。


「ほひひ、ひさしぶりだな」
「忘れたとは言わせないぞ」
「痛かったんだから! あの落とし穴……!」


睨み合う両者はどうやら顔見知り——あまりいい意味ではなさそうだけど——-みたいで。
やがてコルネオの合図で空から黄色い鳥のモンスターが降りてくる。多分まだマテリアはないのだろうけれど、この3人なら大丈夫だろう。バレットのマシンガンが時折頭上を通り抜けるのを感じながら静かに見守っていた。…いや、静かに見守る以外にできることがなかっただけだけど。


ラプス、と呼ばれたそのモンスターは程なくして倒されて緑色の光とともに消滅する。
やっと解放される、と小さく安堵していると、山の上の目立つ場所でマシンガンを乱射していたからか、他の仲間たちも後ろに集まっていた。エアリスがびっくりしたようにこちらを見ている。


その視線を受けて、何か口を開こうと——そう、迷惑かけてごめんねって、そう言うつもりだった——したその時だった。


「っなに!?」


思わずそう叫んで顔を持ち上げる。
縄がミシミシと音を立てて、ゆっくりと体がわたしの意思に逆らってゆっくりと回転してゆく。コルネオが勝ち誇ったように声を上げる。


「このスイッチを押すと、このまま下に真っ逆さま…… つぶれたトマトのでき上がり!」


最後に笑うのは俺だったな!そう高らかに宣言するコルネオ。
エアリスの悔しげな表情が視界に入る。そっとコルネオの方を見やるとなにか小さな機械のようなものを持っている。あれで操作をしているのだろう。


(縛られてなければ…あのくらいブリザドで……!)


悔しさに奥歯を噛みしめる。
けれど、情けないことに体は縄が軋む音を感知するたびに小さく固まって震えてしまうし、額に滲んだ冷や汗が重力に従って流れ、髪を濡らすのさえ敏感に感じ取ってしまう。


どうしようもないと思ったその瞬間、聞き慣れない声が鼓膜を揺らした。


「いや、俺たちだ、と」
「ほひ〜。なんだ、なんだ!何者だ!」


山かげから歩いてきたのは黒いスーツの男だった。——タークスか。


「タ、タークス!」
「お前が秘密をもらした時から決まっていたのだ。…俺たちの手でほうむり去られるとな、と」
「え、ええ〜い! こうなれば、道づれだ!」


そう叫ぶので両隣の気配がびくりと震えたのがわかる。
わたしはむしろいっそ落としてくれなんて気持ちでいた。吊るされたままでいるのが一番心臓に悪い。けれどそうはならなかった。反対側の陰からコルネオに向かって何かが投げつけられる。——小石?


「グワッ……!」
「いいタイミングだぜ。ルード、と」
「……仕事だ」


からん、と音がして、コルネオが手に持っていた機械が山の下へと落ちてゆく。両隣の二人が安心したようにため息を吐くのが聞こえて。


ドン、と拳銃の音が響いた。突然体がふわりと浮いて、すぐに頭上——地面へと吸い込まれてゆく。その瞬間に視界が赤く染まる。それはわたしの体を抱き止めると、ちょうど鼻の部分にあった出っ張りに足を掛けて再び飛び上がる。視界がぐらぐらと揺れた。


トン、トン、トンと3度ほど地面を蹴ると、やっと地面に戻る。ゆっくりと瞳を開くと、目の前で呆然と立ち尽くしていたサングラスにスーツ姿の男。視線をその男から外して上へ向けると、紅い瞳。


「…高いところは、苦手か?」


ふ、と笑いながら尋ねられてふわりと、久方ぶりの地面へと下される。
けれど、地面に足が着いて、腕が離れたその瞬間に、そのままバランスを崩して座り込んでしまった。…あ、腰が抜けてる。そんなことは久しぶり——多分、「生きてた」頃ぶりで懐かしく、ちょっと笑ってしまった。


「高いところは大丈夫なんだけど…」
「高いところ『は』?」


揶揄われているのかもしれない。言葉の少ない彼の心情を察するのは出会って日の浅いわたしには簡単ではないけれど、声はどこか笑っている気がした。もう一度背中と膝裏に手を伸ばされて、抱き上げられる。それをすぐ隣で見知らぬ男が唖然としたように眺めているので少し恥ずかしかった。


「…あの、ヴィンセント」
「…宿へ戻るぞ」


すぐそばにいるはずの仲間たちやコルネオがやけに静かなのも気になってしまう。頰が熱い。
なるべく反対側は見ないように、赤くなっただろう頰を隠すために俯く。ヴィンセントはそのまま山を静かにくだっていった。