The reality is stranger than the novel

「いらっしゃい、そこ座って」
「ありがとうございます。オススメ定食お願いします」
「はいよ」


しばらく呆然と立ち尽くしていた8番街の隅を離れて、瓦礫の下に沈んだ7番街を抜け、6番街へと訪れた。ウォールマーケットなら泊まる場所も、食べる場所も困らないと考えたためだった。


定食を口に運びながら、通り抜けた瓦礫の街を思い出す。
自分の店があったはずの場所や、行きつけのアイテム屋があった場所、マテリアショップの上。なにもかも全て瓦礫に埋まり、正確な場所がどこだったのかさえわからないくらいだった。


7番街スラムには駅の近くに大きなバーがあった。
セブンスヘブンと呼ばれるその店では黒髪の綺麗な女の人が働いていて、カフェの常連だった人たちにも利用者が多かった。1度は行ってみようと思っていたその場所もまた、瓦礫に沈んていた。勝手に7番街スラムのランドマークに認定していたその店が跡形もないことに、本当にこの街はなくなってしまったのだと実感してしまった。


「ごちそうさまでした」


食事を噛み締めながら、必死に涙を堪えて。小さくそれだけ言ってお金を払い店を出た。
それから比較的ふつうの雰囲気の宿を探して部屋を取り、ベッドへと倒れ込む。


「…」


何かを言おうと口を開いて、閉じて。
何を言おうと思ったのかもわからない。本当は叫びたいのかもしれなかった。
何かを考えることが億劫で仕方がなくて、ただ瞳を閉じる。眠れない夜を過ごすことになったら大変だと思っていたけれど、1日で急激な変化を体験した体は素直に睡眠を欲していて、気づけば深い睡眠についていた。









「…やっぱり夢じゃ、ないよね」


朝。目を覚ましてすぐ、ここがウォールマーケットのホテルであることを思い出す。家とは明らかに違う煌びやかな大きなベッドを独り占めし、天井にはおしゃれな電球。昨日は気づかなかったけれど、まるでおとぎ話の中にいるかのような錯覚をした。


だから、もしかしたら全部夢なんじゃないか、なんて、そんなバカな期待をしてみたりもした。夢だったらこんなところで寝る必要なんてないのに。


ウォールマーケットを出て壁の外へと歩くと、やはりそこは瓦礫に包まれていた。
プレートがなくなった空はこんなにも広いものだったのだろうか、200年以上ずっとそれを見ていたはずなのに、プレートの下で生活した5年が突然終わりを告げて、なんだか妙な違和感に包まれてしまうのがおかしかった。


「ここ、一度来たかったなぁ」


昨日は素通りした7番街スラムのランドマーク、セブンスヘブンの上辺りで座り込む。
スピラでは受け入れるしかなかった、しかもそう珍しくもなかった大破壊に、どうしてこんなに衝撃を受けているんだろう?


ーーきっと、新しい何かが始まる気がしていたから。
ここに来た意味とか、そんなことを当たり前に考えて、自分の存在意義に思い悩んで。そんな生活は、死と隣り合わせじゃないからできることで。そういうことをできる場所だと勝手に思い込んでいたのだ。


「アバランチ、か」


小さく呟く。この5年の間にも何度か聞いた、テロリスト集団。七番街スラムに本拠地を持っていたらしい。壱番魔晄炉のテロも、このプレート落下も彼らの仕業だと噂されている。ライフストリームを搾取すると星は死んでしまう。星を守るための組織。そう喧伝されていることは知っていた。町中にそんなポスターが貼られていたから。スラムの住民が剥がしては新しく貼られるそれにうんざりしていたのは記憶に新しい。


「人が死ねば、魔晄の使用量も減るってこと?なかなか発想が過激だなあ…」


独り言を呟いたって、答えが返ってこないことはわかっていた。
瓦礫の上でそっと体を仰向けに倒す。高い神羅ビルの上の方だとか、青い空だとかがより綺麗に見えた。5年前も何もないところから始まったんだ。これからまた、新しい生活を始めたらいい。どうせ死ねないのだから、またモンスターを倒してお金を稼ぎ、新しい店でも始めよう。今度はミッドガルを離れて、どこか別の街に行くのもいいかもしれないな。そう思った。


ごろ、と大きな音がした。瓦礫が崩れる音だった。反射的に飛び上がって音のした方を見る。誰もいない。立ち上がって、あたりを見回した。


「…誰か、いるの?」


瓦礫の上をそっと歩き出す。人の気配はないが、何か嫌な感じが体を駆け巡っていた。


「お前は何だ?」


突然、真後ろから声が聞こえる。
驚いて振り返り、固まった。


「セフィ…ロス…さん…?」
「宝条の実験サンプルか?それにしてはおかしな力を持っているようだ」
「…なにを、」


冷たい青の瞳に見下ろされ、心臓が嫌な音を立てている。
ーー逃げないと。なぜかはわからないけれど、そう思った。一歩後ろへ引いて、思い切り振り返る。


「逃さない」


その声はやはりすぐ後ろから聞こえて。
静かに頭に手が添えられると、そのまま意識が遠のいていった。
ーーハチマキ、どこかで手に入れておけばよかった。