Stand between the worlds


長い夢を見ていたような気がした。
中身はなにも、覚えていないけれど。
誰かが、誰かを助けてくれ、と懇願していたような気がした。
綺麗な女性だった気がする。


何度か目を覚ましたような気はしたけれど、目覚める前に再び眠らされるのを繰り返して、ただじっと眠り続けていた。久しぶりに瞳を開くと、知らない天井。そして、ここへ初めてきた時と同じ、風の音のようにさやかに聞こえる声。囁きのような、けれど、抽象的ななにか。何を言っているのかはわからないけれど、どこか怯えたような。


ーーじぇ、の、ば。


「…ジェノバ?」
「母の名だ」
「…セフィロス」


彼のことは知っていた。
神羅のソルジャー。ウータイ戦役の英雄。この5年間何度も聞いた名で、新聞で顔も見た。わたしがここへ来た少し後に、死亡したと伝えられた。


「お前はなんだ?その力はどこで得た」
「…なんの話ですか」


見下ろす瞳はどこまでも冷たい。何が目的で此処へ連れてこられたのか、何を私に求めているのか。力とは何を指すのか。何も分からない。ただ、目の前の男に何も情報を与えてはいけない。それだけは直感的に分かった。自分の体を確認する。手と足は鎖に繋がれ、身動きは取れない。手の鎖から力が抜けてゆく。魔法も封じられているようだった。ーー祈り子としての力を解放すれば或いは、逃げることはできるかもしれないけれど、それはこの男に多少なりとも情報を与えることになる。なら、ただ黙秘を続ける以外の選択肢は残っていないみたいだ。そもそもわたしもこの世界でわたしが「何」なのかなんて、わたしだって知らないんだ。耳に響く声の正体も、何も知らない。


「その力、俺たちにくれないか?」


セフィロスはそこで初めて表情を変えた。冷たい、笑顔だった。腕がこちらへ伸ばされて、


「っきゃああああ!」


痛い、イタイ、助けて…!!
身体中に激痛が走り、思わず叫ぶ。
耐えきれずに上げた悲鳴に、目の前の男の笑みが冷たく深まるのを見た。
ーー召喚獣の力を、得る気だ。
なぜそれに気がついたのかは分からない。しかし、わたしの「祈り子」としての力が狙いなんだ。痛みをこらえながらセフィロスを睨みつける。


「っあなたに…!資格はっ!わた…せ…っない!っあああああ!」


己の夢を、己のうちにとどめる。強く祈れば、力はわたしの中に。
永遠とも思われるような激痛が止んだのは、屋敷の扉が開く音が聞こえたから。セフィロスはつまらなさそうにわたしから手を離し、目の前の柱の奥にあった隠し階段から地下へと降りて行った。


「っはあ、はあ…なに、いまの…」


痛みの記憶はまだ生々しく残っている。身体中が引き裂かれて、一部が吸い込まれそうになるような感覚。呼吸が整うにつれて体が震えだしたが、ベッドの上で鎖に繋がれた腕は持ち上げることもできず、ただ顔をうつ向けて溢れる涙はシーツに滲んだ。


どん、と大きな音が聞こえた。再び顔をあげる。


「…お前は」
「あなた、あの時の…」
「なんだエアリス、知り合いか?」


そこに立っていたのは数人の男女。金髪の男が警戒するようにこちらを睨みつける。そして、隣に立っていたピンク色の服を着た女性がわたしをみた何か気づいたような声をあげる。ーーエアリス?


「あなた、教会の…」
「うん。大丈夫?手足の鎖、外してあげる」
「ちょ、ちょっと待って。本当に大丈夫なの?こんなところに生きた人間なんてーー」


後ろにいた見覚えのある黒髪の女性がこちらへ近寄るエアリスを慌てて止めた。ーー彼女、セブンスヘブンの看板娘?奥にいる大男も見覚えがある。けれど、それを尋ねられそうな雰囲気ではない。
ーー此処がどこだかわからないけど、あきらかに数年使った形跡のない屋敷に一人、鎖に繋がれた女がいれば不審に思うのも当然だと思った。見ればエアリスだけが心配そうな表情を浮かべ、(うち1匹はぬいぐるみなのでよくわからないけれど)他は皆警戒したような表情。


警戒はされているし、襲われればひとたまりもないだろうけれど、セフィロスのような冷酷さは感じない。それ以上に、見覚えのある顔が数人混じっているのに少しだけ安心して、心に落ち着きが戻ってくる。大丈夫、多分、悪い人じゃない。


「わたしは、ユリア。ミッドガルの七番街スラムに住んでいて…散歩に出たら街がなくなっちゃって…それから瓦礫の上で今後のことを考えていたら…セフィロスに、会って」
「セフィロス!?」


ーー言ってはまずいことだったのかな?
警戒を弱めるために事情を話し始めたはずだった。実際七番街の話をした時は警戒よりも驚いたような、悔やむような、同情めいた表情をしていたはずだ。それが一転、金髪の男は殺気さえ放っていた。


「…面識は、なかったけど。気づいたら眠らされて、ここに」
「どうしてセフィロスはお前を此処に連れ去ったんだ?」
「…」
「…星の声、聞こえるから?」


思わず口を噤むわたしに、エアリスがそう言った。
皆が驚いたようにこちらを見ていた。星の、声?


「これは、星の声なの?」
「うん、そう。わたしの名前、聞いた、でしょ?」
「そう、だね」
「あなたは、セトラ?」
「…たぶん、違う」
「ねー、つまりどーゆーこと!?」


後ろでよくわからない、という表情をしていた女の子が叫ぶ。


「ユリア、5年前に突然、あの教会に現れたの。その後すぐに消えちゃった。わたし、その時に一度、会ってる」
「…どういうこと?突然現れて、突然消えるって」
「…信じてもらえないかもしれないけど」


わたしは、この世界の人間じゃない。
そう小さく言って俯いた。あまり信頼を得られる言葉だとは思えなかった。反応が怖く、上を見られない。そのまま、口を再び開いて続ける。


「わたしがもともといたのはスピラと呼ばれる街…死の螺旋に囚われた絶望の地…」
「は?スピラ?『シン』を倒す召喚士の?」
「え…?」


意外な言葉を発したのは、先ほど叫んでいた黒髪の女の子だった。思わず顔をあげる。ーーどうしてそれを?


「アタシの住んでるところでは有名な伝説だよ。昔々スピラには街を壊して悪さをする『シン』がいてみんな困ってた。召喚士はお共のガードといっしょにスピラの寺院を回って力を得て、最後に手に入る究極召喚で『シン』を倒すってね。アタシの周りの人なら誰だって知ってる」
「俺はそんな話聞いたことねーぞ?」
「わたしも…」
「オイラ、聞いたことがある。詳しいことは覚えてないけど、じっちゃんが言ってた。…遠い過去、あるいは未来に別れた世界。そんな世界がいくつもあって、そんな世界の一つから昔突然現れた人がいた。その人は元の世界のことを本にしたんだ。それが今もこの世界の一部で伝えられているんだって」
「…じゃあ、」


この世界とスピラには、何か関係がある?
その人はどうなったんだろう?『スピラ』に帰ったの?
心の中にある疑問は声にならずに空気に溶けた。
少し周囲の警戒が薄れて、皆も何かを考え始める。そんな一同をぐるりと見渡して、最初に入ってきた金髪の男に目を止めた。それに気づいた男が近寄ってきて、持っていた大剣を振り下ろす。思わず瞳を閉じた。


ガシャン、と大きな音が響いて、ついで何かが割れて落ちる音。もう一度同じ音が響いて、瞳を開く。
手錠と足枷が壊れていた。透き通った青い瞳がこちらを見つめている。ありがとう、と口を開こうとして、胸の中をざわざわとしたものが駆け巡った。何か、嫌な予感のようなものが走る。それが何を表すのかよくわからず、じっと男の瞳を見つめていた。


「ユリア、クラウドに見惚れちゃった?」
「ーーぁ」


ひょこり、と男の影からエアリスがいたずらっぽく笑って現れ、現実に引き戻される。クラウドと呼ばれた男に出された手を握って、立ち上がった。


「クラウド、で合っているかな?ありがとう、不躾な真似をして申し訳なかった」
「いや、構わない。よくわからないが、何か事情があるんだろう」


クラウドは何かを聞きたそうにしていたが、こちらの混乱を察して黙っているようだった。ふと思い出して、口を開く。


「突然、申し訳ないんだけどーークラウド、君は、誰か君を『救ってくれ』と願っているひとに心あたりは?」
「ーーないな」
「なにそれ、ナンパ?」
「…いや。なんでもない、忘れてくれ。セフィロスだけど、そこの隠し階段から下へ降りて行ったよ、彼を追っているんでしょ」


そう行って先ほどセフィロスが触れたように見えた突起に触れれば、扉が開いて螺旋階段があらわになった。その言葉と現れた階段に瞳を見開いたクラウドは、走って階段を駆け下りて行った。セブンスヘブンの女の子ーー多分名前はティファーーは慌てたようにそれについてゆく。他はひとまず此処にいるようだ。階段も狭いし、あまり大人数で一箇所を探索するのも得策ではなさそうだ。


「ねー、ホントに『スピラ』からきたの?」
「うん、そうだよ。わたしはガードだった」
「え!?召喚士の!?スゲー!!」
「俺は信じねーぞ。異世界から突如現れただぁ?なんかの罠じゃねーだろうな」
「オイラ、信じるよ。ユリアからはなにか、普通の人とは違う不思議なものを感じる」
「わたしも。最初からずっと思ってた。違う世界からきたって、すごく、納得したの」


改めて、はじめまして。わたし、エアリス。
にっこりと笑う笑顔が暖かくて、眩しくて。さっきまで溢れていた涙がまた一筋、頰を伝った。