An intention of your eyes on me


結局ウータイではセフィロスに関する情報は聞けなかった。そもそも、セフィロスはウータイ戦役の英雄――つまりウータイの戦士を大量に殺しているわけだから、あの町でセフィロスの話を聞くのは気が引けるというのが正直なところだった。表向き神羅の兵やタークスが堂々と歩いていたが――歩いていたからこそ、神羅に仇なすと疑われるようなことはしたくない、という市民の感情が伝わってくるようだった。


タイニーブロンコを降りた浅瀬まで戻って再び不安定な足場に乗り込む。シドはやっぱりそれが空ではなく浅瀬を泳いでいるのを複雑な表情で眺めていた。


「シド、ごめんね」


思わずそう声をかけていた。シドは意味がわからない、という表情を浮かべている。


「あ?どうしたんだユリア、突然だな」
「…この飛行機、空を飛ぶために作ったんでしょ?」
「……ああ、まあな。だが落としたのは嬢ちゃんじゃねえ、神羅のヤツらだろ?ユリアが謝ることじゃねえよ。ありがとな」


――でも、ボート代わりにさせてるのはわたしたちだし。
そう思ったけれど、シドがタイニーブロンコのエンジンをかけると、大きな音がしてプロペラが回り始める。諦めて左翼の根元に座り込んだ。


「タイニーブロンコで渡れる大陸をいくつか回る。連絡はPHSで取ってくれ。手分けして古代種の神殿の情報を集めよう」


ゴンガガエリアで降りたのは、わたしとヴィンセントの二人だった。
気がつけばヴィンセントと二人セットで扱われたり、隣にいることが多い気がする。ウータイでのこともあって、二人で行動するのは少し緊張する。ぎこちない笑顔を作って口を開いた。


「とりあえず村の方に歩いてみる?」
「…そうだな。南へ歩き続ければ数日で見えてくるだろう」


持っていた地図を開いて場所を確認する。
途中、平野にぽつんと一軒家が建っているのを見かけたけれど、中には誰もおらず扉にも鍵がかかっていたので、その脇を通り過ぎてひたすら南へ進み続けた。


「巨大なツノを持つモンスターから小さいカエルまで、このエリアの魔物は動物園みたいで楽しいね」
「…グランドホーンとタッチミーか」
「ヴィンセント、詳しい」


ウータイでも現れたモンスターの特徴を完全に把握していたが、ヴィンセントはタークス時代の知識の名残か、様々なことを知っているように感じられる。


「…お前は魔物に興味があるのか?」
「うーん、どうだろう。図鑑を眺めるのは好きだけど」


スピラにはナギ平原でモンスター訓練場を営む若者がいて、生きていたころそこでたくさんのモンスターの情報が書かれた図鑑をもらったことがあった。この世界に来てそのようなものは見つけられていないけれど、確かに旅路の間あれだけ熱心に読んでいた書物はあのモンスター図鑑だけだった気がする。


「ウータイでアダマンタイタイを見かけたときはちょっと感動したんだ。あれはスピラでは伝説の魔物だったから」


キングベヒーモスやアダマンタイタイ、モルボルグレート。『シン』が生み出すとされる凶悪な魔物たちだ。スピラではふつう見かけることはないが、なぜか訓練場では檻の向こうで飼いならされていた。時折見かけるスピラのそれと同じ形をした魔物たちは、この世界とスピラの繋がりを感じさせた。


「神羅カンパニーには各エリアの情報が出没モンスターの特徴とともにデータ化されていた」
「だからそんなに詳しいんだね」
「…必要だったというのもあるが…まあ、そうだな」
「いいなあ、そのデータ、わたしも見てみたい」


スピラには悲しい思い出ばかりだけれど、突然たった一人で放り出された世界で、スピラとのつながりを感じることは小さな安心感を覚える。…それがモンスターであっても。





そんな会話をしているうちにゴンガガ村へと到着した。


「ここが、ゴンガガ村…」


魔晄炉の事故で多くの人が死んでしまった街。
便利で明るかったミッドガルのスラムの街、さらに快適であろうプレートの上。それより外のことは、歴史上の事実として、インターネット上の無機質な文章としては読んだことがあっても、それは本当に「知っている」わけではなかった。荒廃した村の入り口には墓が並び、数人の村人が花を供えたり墓石を洗ったりしている。


ニブルヘイム、ロケット村、ウータイ、そしてゴンガガ村。
ミッドガルの外に出て訪れた町々を思い出せばどこも、ミッドガルという巨大都市を作るまでに生み出した神羅の負の遺産が詰まっていた。


数日は滞在して情報を集めることを決め、宿を取る。二人部屋で荷物を解くと、携帯に着信が入っていた。


「――あ、」
「どうした」
「エアリスから、電話が来てたみたい。…1日前に」


ヴィンセントがわたしとともに行動しているのは、彼が電話を持っていないからだ。――30年前から人との交流を絶ってきた彼はタークス時代は使っていたのかもしれないが、少なくともそれ以降は不要だったのだろう。今だに抵抗感のあるその四角い機械を開いて、エアリスへ電話をかける。1コール、2コール、3コール目で電話がつながった。


『ユリア、気づくのおそーい!』
「ごめんなさい、ずっと歩いてて…」
『もう、気をつけてよね。…なにか、わかった?」
「まだ、これから。エアリスは?」
『アイシクルエリア、ついたところ。船旅長くて、疲れちゃった』
「おつかれさま。わたしも今日はとりあえず、宿で休むよ」
『ヴィンセントと二人でしょ?楽しんで、ね?』
「…別に、何もないよ?」
『ふふっ、また電話するから、その時に聞くね!じゃあまた!』


ツー、ツーと通話が終了した音が聞こえて受話器を離す。
エアリスは少し…強引だと思う。そんなところも魅力ではあるけれど、静かにこちらを見ているヴィンセントにどんな顔をしたらいいのかわからずに困惑してしまう。


「…エアリスたち、アイシクルエリアに着いたって」
「…そうか」
「とりあえず今日は休むんだって。わたしも疲れたから村へ出るのは明日にするね」
「…ああ、私もそうしよう」


ヴィンセントはいつも通り、冷静だ。
ゴンガガエリアへ降り立って数日、なんら気まずげな表情も、態度も見せない。――まるでわたしだけが、ウータイでのことを気にしているかのようだった。今もこうして同じ部屋で…そう広くもないのに、平然とした表情で荷ほどきの続きをしている。


(…聞けるわけ、ないよね)


――あの時の、視線の意味なんて。