A hell of a night
「…え、キーストーン?」
『うん。古代種の神殿、どこにあるのかはわからないけど…神殿に入るのに必要、だって』
「なるほど…」
アイシクルエリアに入っていたエアリスたちがボーンビレッジと呼ばれる村で得た情報だった。——キーストーン。
「ヴィンセント、聞いたことある?」
「…」
ヴィンセントは無言で首を振った。
ゴンガガ村での情報収集は難航していた。魔航炉の事故から街は立ち直っておらず、ウータイのように特段の観光地や産業があるわけではないこの村はどこか暗く、神羅の話を拒む空気があった。
エアリスとの会話もそこそこに電話を切ると、赤く染まっていた空は闇に覆われ、星が瞬いている。ひとまず明日には村を出ることを決めて、開けてあった窓を閉めた。
「エアリスたち、一旦こっちにくるって」
「…ゴンガガに?」
「いや、コレルに。とりあえず明日村を出よう。私たちはコスモエリアの方に行ってみてもいいかもしれない」
部屋の電球を消せば、窓からの光の届かない小部屋は真っ暗な闇に染まった。おやすみ、と言ってわたしもベッドに潜り込み、瞳を閉じた。
何かが呻くような声と、大きな歯ぎしりに目を覚ましたのはそれからしばらく経った頃だった。闇に紛れるようなその不穏な声は恐怖を掻き立てるけれど、それが隣に眠る男によるものだとすぐに分かり心配になる。
「…ヴィンセント?」
「う…あ、ああ…」
声にならない、音。
暗闇の中、そっと床に足をつけて、手で辺りを探りながら隣のベッドを探し当て、指先が柔らかな肌に触れる。
「ヴィンセント、ヴィンセント?」
何度か名前を呼びながら揺すっているうちに、目が暗闇に慣れ、薄ぼんやりとヴィンセントの青白い肌が浮かび上がる。やがて呻き声が止んで、瞳が薄く開いた。焦点の合わない瞳がぼんやりと辺りを彷徨っている。
「ヴィンセント…大丈夫…?」
やっと目を覚ました、と安心して問いかけると、その虚ろな瞳がこちらへ向けられる。
ヴィンセントの右手がゆっくりと、わたしの方へ伸びて。
「っヴィンセント、どうし、」
「ルクレツィア…」
気づくとベッドへ引き込まれて、寝起きとは思えない強い力で抱きしめられていた。長い髪がふり乱されて肩に掛かって、耳元に響く低い声に思わず体が震え、意図せず体温が上がる。慌てて抵抗するが、力強い腕はびくともしない。何度も噛みしめるように名を呼んでは譫言のように何かを繰り返す。胸を叩いても起きる様子はなく。
「…ルクレツィア、君は——」
「ヴィンセント!!」
大きな声でそう叫ぶと、ようやくヴィンセントはびくりと体を震わせ、腕の拘束を解く。少し体を離して見上げると、状況を把握できない、というような——けれど先ほどのように虚ろではない、まっすぐな瞳。
「…魘されていたから、起こそうとして」
「……」
「…その、だ、大丈夫…?」
力を失ったヴィンセントの右腕はまだ背中に回っている。至近距離にあるヴィンセントは状況を把握し始めたようで、無表情ながら視線を彷徨わせ、狼狽しているようだった。——わたしを、間違えたんだ。彼が愛したという女性と。こんなところにいるはずもないのに。それでも、諦められないし、忘れられない。もしかしたら——そう、願ってしまう。
——わたしがハルクに抱く思いと、同じで。
そっと背中に回っていた腕を離して、起き上がる。
「…すまない」
「…うん。分かるよ」
わたしも同じだから。
ヴィンセントがどんな表情をしているかは確認せずに、ベッドから出て自分のベッドへと戻る。もう一度おやすみ、と声をかけて、瞳を閉じた。
二度目の眠りは妨げられることはなく、夜が更けて、朝日が昇った。