The way he escapes / the way I escape


ヴィンセントが平然とした顔で何もなかったように接するのは、彼なりの自己防衛なのかもしれない。ゴンガガエリアのサバンナやジャングルを歩きながら銃を鳴らすヴィンセントは今日もいつも通りの無表情だった。


(…ヴィンセントは、わたしの心に踏み込むのに)


それは少し、ずるい。
自分ばかりがヴィンセントのことを考えている気がした。いつもヴィンセントの方から近づいてくるのに、わたしが少しでも近づくと離れていってしまう。何を考えているのか、何を思っているのか。尋ねることもできない。


(――君と出会わなければ)


「っ!」


動揺で魔法が乱れたのがわかる。目の前の緑色のモンスター――バジガンディは尻尾に当たった電流に驚いたように尻尾を叩きつける。苛立ちをぶつけるように力を込めて、もう一度サンダラを唱えれば、今度こそその電流は脳天を貫きバジガンディは絶命した。


「…ごめんなさい、調子が優れなくて」
「…無理はするな」


何も言わないヴィンセントの瞳が訝しげに眇められるのに気づき俯いて謝罪をする。居た堪れなくなって、俯いたままヴィンセントの脇を通り過ぎた。立ち止まってこれ以上考えていたら、いやでも直視しなければならない過去。永い時のなかでもう麻痺していたと思っていた心の暗い部分が痛みを発することに、いずれは向き合わなければならないのかもしれない。それでも今はそれから目を逸らしていたかった。





サバンナを歩き、ジャングルを抜けて、来た時に通りがかった一軒家が見える。来た時とは違って電気が付き、中に人がいることに気づいてヴィンセントへ視線を向けると、いってみよう、と頷いた。そっと近づいて扉を叩くと、中にいたのは一人の男。


「なんだ、こんなへんぴなところに。また客か?」
「あ、はい…」


中に並んでいるのは武器――商人か、職人か。
よくわからないなりに勢いに任せて頷いてみると、男は続けて口を開いた。


「えど、一足遅かったな。キーストーンならもうねえよ」
「!キーストーンがここにあったんですか?」
「なんだお前ら、キーストーン目当てにきたんじゃねえのか?」
「い、いえ、わたしたちキーストーンを探していて…」
「お嬢ちゃん綺麗な身なりしてトレジャーハンターか何かか?たしかに古い神殿とありゃあ宝もたくさんあるだろうけどよ…」


こんな辺鄙な一軒家で突然探し物の名前が出るとは思わず固まってしまう。とにかくすごく運はよかった、エアリスに電話しよう。そんなことを考えている間にもおしゃべり好きらしい男は何かをペラペラと話し続ける。隣で黙っていたヴィンセントがそれを遮るように口を開いた。


「…キーストーンは、今どこに?」
「おう、そうだったな。いやー、俺もあれを売るつもりはなかったんだけどよ…」


ゴールドソーサーで園長をやっているディオに。
そう男は言った。――ゴールドソーサー。行ったことはないけれど、この世界の数少ない娯楽施設であると聞いている。エアリスに連絡しなければ、そう考えて一軒家を離れようとしたが、思いの外ヴィンセントと男の会話は盛り上がっていた――主に男の方が一方的に話しているだけだったけれど。


「ここの武器は、ぜ〜んぶ俺様の作品だ。けど、最近は材料が手に入らなくてなあ。そうだ、あんたたちミスリルはもってねえか?もし譲ってくれるなら、何かプレゼントするぜ」


ヴィンセントと私は顔を見合わせる。


「…ごめんなさい、持ってないです…」
「そうか、もし手に入ったら教えてくれよ」
「はい…」


気のいい主人はそう行って部屋へと戻っていった。
陽気な男だったが、奥に飾られていたいくつかの刀は明らかに質のよさそうなものが並んでいた。また訪れてもいいかもしれない、と思いつつPHSでエアリスにつなぐ。


「エアリス?キーストーンの在り処、わかったかも」


そう一言言えば、電話越しに驚いたような声が聞こえる。クラウドも一緒にいて今はちょうどコレル砂漠のど真ん中にいるらしい。シドが迎えにくる約束をして、一度電話を切った。


「…明日の朝にはシドが来てくれるって」
「そうか…。今日中に岸辺まで歩くか?」
「そうだね、そう距離もないし」



歩きながら次の目的地――ゴールドソーサーに思いを馳せる。遊園地、と呼ばれる場所はスピラには存在しなかった。チョコボレースや演劇のポスターは何度も目にしたことがある。ミッドガルのスラム街ではとてもよく見かけたし、ロケット村やウータイでも貼られていた。


「ゴールドソーサー、行ったことある?」
「…いや、私が寝ている間にできた施設のようだ」
「なるほど、わりと新しいのか…」


わたしはこの世界になんの繋がりもないけれどこの5年間をスラムで生きてきた。一方で隣を歩くこの男はこの世界に生まれこの世界に育ちながら、30年は外界と断絶されてきたんだ。似ているようで正反対。それがとても不思議だった。


(…まあわたしもスピラのここ200年の動向なんか、知らないからなあ)


河岸には思ったよりも早く着き、その日は静かにテントで眠った。