The truth nobody knows



「他の奴らはみんなもうゴールドソーサーに着いてる頃だろうぜ」
「なるほど、じゃあ急がないとね」


歩いては渡れない浅瀬だが、コレル砂漠とゴンガガエリアは目と鼻の先だ。あの壊れたタイニー・ブロンコは対岸に乗り捨てられており、今乗っているのは水陸両用のバギーだった。立派なこれをどのように手に入れたのかは分からないけれど、かなりの速度が出るようであっという間に砂漠に入る。時折やってくるモンスターたちを魔法で追い払っていれば、日がまだ高いうちにゴールドソーサーの入り口——北コレル村に到着した。


寂れた村は——魔晄炉の跡。この辺り一帯は魔晄炉ができるまで深い森の中だったというが、ここに来るときに通ったのは草木の育たない巨大な砂漠で、星の声はそよ風のように消えてしまいそうで。


(——もう考えるのをやめよう、とりあえずキーストーンが先、だよね?)


Gold Saucerと大きく書かれた看板の方へ、村の方は見ないように歩いて行った。


「ゴールドソーサーへ向かうお客様ですか?」
「はい」
「ではこちらのゴンドラへどうぞ」


入り口に立っていた男に案内されてゴンドラへ乗り込むと、客は私たちだけだったようで、すぐに扉が閉まりゴンドラが動き出した。


「…わあ、すごい、別世界…」
「確かに、すげえな…」
「シドもゴールドソーサー初めて?」
「あたりめーだろ、ここは神羅の金持ち共の遊び場だぜ」


しばらくゴンドラに揺られてたどり着いた場所は、キラキラとした電飾が揺れて北コレル村とは全くの別世界だった。チョコボの看板のある受付へ歩き、ギルを支払って中に入ると、内部は多層構造の建造物でそれぞれのアトラクションへの入り口が並んでいる。


「さっきの電話では闘技場にいる、っつー話だったよな」
「そうみたいだね」
「じゃあ、こっちだな」


Battle Squareと書かれた入り口へ飛び込む。しばらくすると闘技場の入り口に到着して、そこではすでにわたしたち以外の皆が待っていた。


「ユリア!」
「エアリス!」
「3人とも、お疲れ様。キーストーン、手に入ったよ」
「ユリアとヴィンセントが情報を集めてくれたおかげだよ。ありがとう」


クラウドが持っているそれは手のひらサイズの小さな丸い石だった。こんなものが「古代種の神殿」の鍵になっている。古代種の神殿がどこにあるのかは分からないけれど、それは少しだけ不思議なことに思えた。


「今日はここで休んでいく?」
「…いや、セフィロスが何をする気か分からない。先を急ぐぞ」


ティファの提案をクラウドは却下した。機械に囲まれてガチャガチャとしたこの空気はわたしも好きになれない——未だに生まれ育った場所の常識、「機械の使用は罪」だなんて思ってるわけではないけれど、抵抗があるのは事実だった。出口の方へ歩いて、再び入場口の方にあるゴンドラ乗り場へたどり着く。


「初ゴールドソーサー、30分足らずで終わっちゃったね」
「ユリア、もうちょっと、遊びたかった?」
「…いや、結構なギル払ったし勿体無いとは思うけど、別に遊びたいこともないかな」
「アタシはもうちょっと遊びたかったよ〜!」


ユフィはぶーぶーと文句を言いながら歩くが、クラウドは意に介さない。
この旅は先を急ぐし、旅が終わって世界が無事なら、きっとまた来られる。今はとにかく、古代種の神殿へ。


——そう思っていたのだけれど。


「申し訳ありません。ロープウェイが故障してしまいまして」


その言葉に少し目を眇めてちらりとメンバーの顔を伺うと、同じ表情を浮かべていたヴィンセントと目が合った。


(タイミングが、良すぎない…?)


たまにあるんですわ、というケット・シーはゴールドソーサーの関係者だったんだろうか?話を着けてくるからここに泊まろう、というケット・シーに連れられてあれよあれよという間にゴーストホテルに連れてこられ、エアリスとの二人部屋が充てがわれると、すぐにフロントへ。そこにはもう一行が全員集合していた。


エアリスがクラウドの隣に座り込んだのを見て、少し瞳を彷徨わせた。——どこに座ろうか、そう考えながらあたりを見渡すとヴィンセントと目が合う。少しだけ心臓が鳴って、そっとヴィンセントの方へと歩み寄った。


わたしが座ったことで全員の準備ができたとみなされたらしい。ケット・シーが口を開いた。


「クラウドさん、どうやろう。このへんでここまでのまとめ やってもらえませんか?ボクは、途中参加やから よぉわからんとこあるんです」


そう言うケット・シーに旅の途中から参加したシドやヴィンセント、初めからいるが考えることが苦手らしいバレットが賛成する。


——セフィロスは『約束の地』を目指している。約束の地とは、セトラの民が帰るばしょ。至上の幸福が約束された、運命の地。求めて、旅をして、感じる場所。


「エアリスも……わかるのか?」
「たぶん、ね」
「セフィロスが世界のあちこちを歩き回ってるのは約束の地をさがしているのね」


——わたしにもわかるのかな?
そんなことを少し考えた。対角線上にいるエアリスをそっと見る。真剣な顔をしてセトラや、自分の感覚のことを説明して、星を守ろうとしている自分よりもずっとずっと年下の女の子。


「それだけじゃない、きっと。ほかにも探してるものがある」
「黒マテリア……だな」
「ディオさんから、聞きましたで。黒マントの男が黒マテリア探してるって」


旅はミッドガルから始まっていたし、セフィロスはミッドガルで神羅の社長を殺している。わたしもこの旅について知っていることは多くはないから、黙って聞いていた。そして、黒マントの男、という言葉にエアリスの表情が変わったのがわかった。


目の前では黒マントの男の正体について議論がなされている。
ニブルヘイムの屋敷で目を覚まして、みんなと会って。屋敷を出て最初に目にした人。うめき声をあげながら、街を彷徨うだけの存在。彼らが追い求めるもの——黒マテリア。


同じようにイレズミを入れられたレッドXIIIは宝条の実験産物だ、という話を聴きながら、思い出す。星が怯えたように、黒マントから逃げようとしていたこと。ちょうどセフィロスや——クラウドに、近づいたときと同じように。



「……あのね」


エアリスのその声に顔を上げた。


「黒いマントの人たちは宝条に何かをされた人たちだと思うのね」
「セフィロスとの関係……それ、よくわからないけど」
「だから、セフィロス本人だけ追いかければいいんじゃないかな?」


(エアリス…何かを、隠してる?)


「それ、賛成だぜ! ややこしくてしょうがないからな」
「それにね……ゴメン、なんでもない!」
「…エアリス?」


初めてわたしが口を開くと、エアリスは困ったように、笑っていた。


「わたし、つかれちゃった。部屋、行くね」
「エアリス!」


走り去ってゆくエアリスを、わたしも立ち上がって追いかける。
フロント脇の長い階段を上がって客室のフロアに入ると、エアリスは立ち止まって俯いていた。


「…エアリス?」
「ユリア…」


近づくと、そっとエアリスは頬をわたしの胸に寄せる。恐る恐る背中に手を回すと、ぎゅ、とエアリスの指が弱々しく服を掴んだ。


「…とりあえず、部屋に戻ろう?」


何も言わないエアリスをそっと押して、おどろおどろしい雰囲気を漂わせる客室を開くと、棺桶や蜘蛛の巣が広がる幽霊屋敷。小さなベッドに腰掛けると、隣に座ったエアリスをもう一度抱きしめた。


「…クラウドのこと、好き?」


それは旅のはじめに——二ブル山での野営のときに尋ねた質問だった。
それに反応したように、小さく震える体。


(…やっぱり、さっき言いかけたのは…)


そう考えながら、エアリスが口を開くのを待つ。
しばらく無言が続いたけれど、やがてエアリスは顔を上げた。


「…うん。好き」
「…そっか」


あの時揺れていた瞳は、先ほど辛そうに歪められた瞳は、今は静かに凪いで、まっすぐにわたしを見つめている。


「…ユリアがここにきたこと、理由…きっとこの旅と関係がある。…でも、ユリアの役割と、わたしの役割、違う」
「…うん」
「…わたし、クラウドを、守りたい」
「…うん」


エアリスは多分、クラウドについて、他の誰も——クラウド自身さえ知らないことを、知っている。それは多分星の声と関係していて、そしてこの旅とも、セフィロスとも繋がっている。


全部をわかって、クラウドを守ろうとしている。


(——僕が、生まれてこなければ)
「…っ」


小さく息を呑んだ。
まっすぐに見つめるエアリスが何をしようと考えているのか、そもそも何かしようとしているのか、何も分からないけれど。きっと大切な人を守るためなら命さえ厭わない、覚悟がある。そんな確信があった。


——わたしも、同じだったから。


「…大切な人のね」
「心を…守れなければ」
「本当の意味では…なにも…守れないんだよ」


エアリスはそれを真剣な表情で聞いていた。
そして、うん、と小さく頷く。


本当に、伝わっただろうか?
生きてさえいれば何度だってやり直せる。
終わってしまった世界では何も変えられない——わたしみたいに。