"Why is everything so heavy?"
「ね、ユリア。ゴンガガでヴィンセントと、二人だった、よね?」
「…またその話?」
「うん、またその話!」
少し落ち着いたエアリスと早めの夕食をとるとエアリスも少し元気が戻ってきたみたいだった。それはよかったけれど、やっぱりエアリスは恋愛ごとに興味津々みたいで。面白い話はなにもないのになあ、なんて思いながら口を開く。
「別に面白いことはなにもないよ」
「えー?一週間ちかくずっと二人だったのに?」
エアリスが楽しそうにそう尋ねるので思い返してみるけれど、やっぱり面白いことなんて何一つ浮かばない。
「…まあ、ヴィンセントに昔の恋人と間違えられたことが面白い話だっていうなら、面白い話はあったのかもしれないけど」
思わずそうこぼすと、エアリスはびっくりしたように固まった。
少し経ってエアリスの驚いた表情が怒ったように変わってゆく。
「なにそれ、ひどい!」
「…まあ、気持ちはわかる。わたしも」
「でも、ユリア、やだった、でしょ?」
「…どうかな」
嫌、だったのだろうか?
何かを言いかけた彼を止めて無理に目を覚まさせたとき、とにかく必死で、それがどんな感情だったのかはわからないけど——なぜ必死に起こそうとしたんだっけ、なんて、そんなことを考えると気分が沈んでゆくのがわかる。
「いやだったのかもしれない…けど」
多分もっとそれ以上に、悲しいことがある。
「自分から近寄ってくるのに…わたしが一歩歩み寄ったら離れていく…」
いつまでも近づけなくて——近づこうとしている自分に気付くたびに、過去の傷跡が疼く。わたしの愛した罪が、わたしの体をより強く縛り付ける。
「ユリア…歩み寄りたい?」
「…どう、だろう」
「ヴィンセントのこと、好き?」
「…どう、だろう」
自分の気持ちに戸惑うような年齢でもないし、こんな返答をするのは認めているようなものだと自分でも分かっていた。ただそうだと躊躇わずに言うにはその感情は未熟だったし——それを自覚したってしなくたって、できることは何もない。
「…大切だった人を、思い出にできるほど、強くなりきれないんだ」
もう間違えたくない、なんて思いながら、結局は逃げている。
自覚していたって、200年以上ずっと縛られていたそこから、前へ進むのはそんなに簡単ではない。
「ヴィンセントも同じ、かもね?」
「…どうかな」
——ヴィンセントの思い。
愛した人が間違った方向へ進むのを止められなかった。愛した人を恐ろしい目に遭わせてしまった。その感情にはわたしも覚えがあって。この人はわたしとどこか似ている。
そんな彼も、同じように悩むのだろうか?
近寄っては離れ、心の弱いところに触れては、後悔したような表情を浮かべて。
何もないと思うほど鈍感ではないけれど、結局のところ、彼が何を考えているのかなんて彼にしかわからない。
「うん。ね、ヴィンセントに聞いてみたら?」
「…あまり、話したくないんじゃないかな?」
「でも、聞いてみないとわからない、でしょ?」
「…そう、だけど」
エアリスはきっときになることはちゃんと聞ける子だ。穏やかなように見えて結構行動的で、芯の通った女の子。わたしも「生きて」いた頃はもっとなんの躊躇いもなく気になったことは口に出して聞くような、そんな人間だった気がする。
でも、それができないのは、
「傷つくのが怖いのかも」
なんて、ね。
今更ながら、ずっと年下のエアリスにこんな弱音を吐いていることが少し恥ずかしかった。
「ごめんね、こんな話」
エアリスは首を振って笑った。
「ユリア、あんまり自分のこと、話してくれないから。ちょっとだけ、うれしい」
「…そうかな?」
「そうだよ。わたしばっかり、頼ってる」
…本当だろうか。わたしはエアリスに頼りにされるほど、エアリスの力になれているのか。…そうだとしたら、嬉しいけど。
「ね、ユリア。わたし、クラウドとちゃんと話す」
「…そっか。がんばって」
「うん。ありがとう。だから」
ユリアはヴィンセントと話してこない?
エアリスのその言葉にわたしは目を見開いた。
「…今?」
「今!ちなみにだけど、拒否権、ないから。ちょっと待ってて?」
暗かった部屋の空気はこころなしか明るく——といってもここは幽霊屋敷なので部屋はどこまでも暗いのだけど——なって、エアリスは座っていたベッドから立ち上がった。小走りでドアの方まで駆けてゆき、真っ黒に塗装された扉を開く。そこで、「あ、そういえば」なんて言葉と一緒に振り返った。
「ね、ユリア。大切な人を思う気持ち、恋愛だけじゃない、よね?わたし、ユリアの大切な人、なれてる、かな?」
かな?なんて疑問形だったけれど、それは質問よりもむしろ、確認に近い問いかけだった。わたしの答えを聞くより先にばたんと音を立てて扉は閉ざされる。そして部屋にはわたし一人が残された。
「…当たり前だよ…エアリス」
ずっと特別だった。同じ声を聞く人。生まれた時からずっと、この声とともに生きてきた人。ニブルヘイムで再会してからそう長い時間が経過したわけではないけれど、十分にわたしの——大切な人。
そう考えて気がつく。わたしはもうこの世界に「生きて」いる。
もうこの世界にわたしを知っている人が存在していて、ここで生活をして。誰かを大切に思ってさえいる。どこか自分をこの世界の人間と定義しきれない自分はまだいる——突然ここへ現れたのと同じように、突然ここから消えてしまう可能性だってあるのだから。それでも、わたしはこの世界の人と関係して、この世界の文化様式に則って生活するようになったもう5年も経っている。——スピラで過ごした時と比べれば一瞬のようでも、変化のないその時と比べれば、この世界へやってきた時のことはもう随分昔のことのように思えた。
少しずつわたしの心はスピラを離れて、この世界に根を張っている。そんな自覚もあった。
けれど。
「…ハルク」
癒えない傷はこの世界でもそのまま、時が流れても空いた穴は塞がらない。
命が重い。
背負い続けるにはあまりに重いそれが、いつだってわたしについて回るんだ。そしてヴィンセントはいつだってわたしにそれを自覚させるから。進み始めた歩みは再び止まって、あの谷底へと引きずり下ろされる。
————————————
heavy - Linkin Park feat. Kiiara