One step closer


「…わ、綺麗」
「…」


ゴーストホテルのスタッフの言った通り、係員と思しき男にチケットを見せると長い列を遮ってほとんど待ち時間なしにここへと案内された。1周45分の巨大なアトラクション。思ったよりも狭いゴンドラの中で、向かいに座るヴィンセントとの距離が近い。外では花火が上がっていて、窓のないゴンドラからは直接その光が差し込み、ヴィンセントの抜けるような白い肌を赤や緑の鮮やかな色に染め上げていた。空に光る花火よりも深い色を湛えた瞳はゴンドラの外の景色をぼんやりと眺めている。


——美しい人だな、と思う。
もの静かな雰囲気に燃えるような赤。風に揺れる艶やかな黒髪。落ち着いた低い声。


「…私に、何か」
「っ、いや、ごめん」


ぼうっと、そう、見惚れていたのだと思う。
気づけばゴンドラの外へ向けられていたはずの瞳がじっとわたしの瞳を覗きこんでいた。驚いて瞳を逸らすと、恥ずかしさが押し寄せてきて、頰が熱くなるのを感じた。ふ、と低い声が鼓膜を揺らす。——笑われた?


むっとした気持ちで視線をヴィンセントに戻して、固まる。


「ヴィン、セント」


綺麗な笑顔だった。
今までに見たことがない、優しい微笑みで、ヴィンセントがわたしを見ていて。


(——ずるい)


そんな風に笑われたら、なにも、否定できなくなってしまうのに。
透き通る赤い瞳や、外の花火を反射して鮮やかに色づくその表情に、吸い込まれそうになった。わたしは、彼のその瞳にどう映っているだろう。そっと右手が頬をなぞって、瞳を閉じた。


唇に、暖かいものが触れて、離れていった。


「…ヴィンセント」
「…私の時間は永遠に止まって、前に進むことなどないと思っていたんだがな」


浮かべていた笑顔は困ったようなそれに変わっていた。


「…エアリスのおかげ?」
「…いや、」


お前のお陰だ。
そう囁くように言ったヴィンセントの声は、花火の音が大きく響くゴンドラの中でも驚くくらいはっきりと聞き取れた。


「…悪夢に魘される永き眠りを、与えられし罰だと信じてきたが…その間にセフィロスは己の出生の秘密を知り、世界を壊そうとしている…」


——償いだと、そう言っていた。
ウータイでヴィンセントが話していたこと。ルクレツィアという——彼の愛した女性を、止められなかったこと。そしてセフィロスが生み出されてしまったこと。そのセフィロスを追いかけることが、償いだと。


「…ヴィンセントはわたしとよく似てる…悲しいくらいに」
「…だが根本的なところが大きく違う…お前は前に進むことで罪と向き合っているが…わたしは時を止めて、現実から逃げてきた」


ヴィンセントはわたしのことをそんな風に、思っていたんだ。なんだか不思議な気分だった。わたしの時はつい5年前まで止まっていたんだ。眠り続けていたヴィンセントと同じように、ナギ平原の谷底で。この世界に突然現れて——前に進まざるを得なかった。


「…向き合えているわけじゃ、ないと思う。今でも思い出すのは怖いし——もう、間違いたくないとは、思うけど」
「…私は間違わないために生きることをやめたが…お前はこの地で『生きて』いるだろう」


ヴィンセントの言葉は少ないけれどいつも真摯で真っ直ぐだ。それに気づいたのはいつだっただろう。目頭が熱くなって、右手で溢れそうな涙を拭った。けれど一度流れ出した涙はそうすぐには止まらず、小さく鼻を啜りながら慌てて目を擦る。


ふわりと、右手を取って引き寄せられた。
導かれるままに立ち上がって隣に座ると、そっと背中に回る暖かな腕。長い髪が首筋にかかって擽ったい。——抱き寄せられたのだとわかった。


「…ヴィンセント、ごめん」


ヴィンセントは何も返さず、赤ん坊にするようにとんとんと、優しく背中を叩く。そのリズムに少しずつ心が落ち着いてゆくのがわかった。花火の光と音が遠のいて、静かなゴンドラの中でヴィンセントの心音だけが聞こえる。視界は背中に回る彼の腕と、涙で濡れた黒いシャツに埋め尽くされた。


(——もう、誤魔化せないな)


聞けないことも、言えないこともたくさんある。
エアリスが言うようにちゃんと話せたわけでもないし。
捨てられない思いも、忘れたくない思い出も、消えない傷も、そのままで。
——それでも、この腕の中がこんなにも優しいことを知ってしまった。


引いていた線を超えて一歩だけ近づいた。
此処にいたいと、思ってしまった。