"Who is it?"

「…あの、ありがとう」
「…ああ」


いつの間にか涙は止まって、戸惑いながらそう言えば、同じくらい戸惑ったような声が返ってきてどこか可笑しかった。立ち上がって向かいの席に座りなおすと、つい先ほどまで狭いと感じていたゴンドラの中でできた僅かな距離さえ寂しく感じられる。


「…あとちょっと、かな」


目を合わせるのが気恥ずかしく、ゴンドラの外の景色を眺める。
相変わらず空を彩る花火は美しく、夜が深まりつつあるのに外はたくさんの客で賑わっている。


ふと、見慣れた黄色い髪が遠目に見えた。


「…クラウドと、エアリス?」


二人もデート中?そう思ったけれど、様子がおかしい。遠目にも見つけられたのは多分——二人がこの賑やかな空気の中を、すごいスピードで駆け抜けているからだ。何をしているのかはわからない。チョコボスクエアの方へ向かっていた。


「…どうした?」
「クラウドとエアリスの様子がおかしい…」
「…?」


ヴィンセントが外へと目を向けようとしたところで観覧車は出口へと到着し、建物の中へ入ってしまう。間も無くして扉が開かれ、ゴンドラを出ると顔を見合わせた。


——少しだけ、名残惜しい気持ちもあったけれど、それらはクラウドとエアリスの影にかき消えて、なにか嫌な予感が胸を満たしていた。


「…おそらく、チョコボスクェアに」
「…そうか」


現状をよく掴めない二人で、とにかくチョコボスクェアの方へと向かう。ラウンドスクエアからの出口を抜けてすぐ、入口前の大階段に出たところでちょうど、ケット・シーが降りてきた。


「あ、ケット・シー!」


思わず名前を呼ぶが、ケット・シーは振り返らずに階段を駆け下りてゆく。——どこか、様子がおかしい。眉を寄せていると、すぐに追いかけるようにクラウドとエアリスがチョコボスクェアから出てきた。


「あ、ユリア!ケット・シー、捕まえて!」
「え、え?」


突然そんなことをエアリスから叫ばれて混乱しているところで、突然大きな音が響く。——ヘリコプター?


「ほら!これや!キーストーンや!」


ケット・シーはそう叫んで丸い石を——ヘリコプターの中にいた男へと投げ渡した。——ケット・シーは今なんと?キーストーンだと言わなかったか?状況が把握できず混乱の最中にいるわたしを他所に話はどんどんと進んでゆく。


「ごくろうさまです」


黒髪の男は落ち着いた声でそう一言言うと、あっというまにヘリコプターは飛び去ってゆく。わずか数十秒の出来事だった。クラウドとエアリスが追いついて、ケット・シーに詰め寄る。


「おい!」


クラウドが怒鳴る。
ケット・シーが、神羅の社員にキーストーンを渡して、神羅の社員——おそらくタークス—-はそれを持って夜の闇へ消えて行った。つまり、ケット・シーは。


「ちょちょ、待って〜や!逃げも隠れもしませんから。確かにボクは、スパイしてました。神羅のまわしモンです」


スパイ。その言葉にふと思い出して思わずヴィンセントの方を見た。同じことを考えていたらしいヴィンセントと目が、合う。


「…あのゴンドラの故障…」
「…そういうことのようだな」


——色々なことに気を取られて忘れていたことが恥ずかしかった。
自分が乗っていた時には普通に動いていたゴンドラがキーストーンを手に入れた途端に故障する、なんて。タイミングが良すぎると思っていた。これだけ賑わうゴールドソーサーで、唯一のホテルに簡単に部屋が取れてしまったことも。それをわたしもヴィンセントも訝しんでいたはずだった。


しかしケット・シーはなんら反省した様子もなく話を進めてゆく——まあ、もともと騙すつもりだったのだから、反省も何もないのだろうけれど。何もなかったことにしろ、など無茶な要求だ。


「…神羅の…社員…」


少し離れたところに立ち尽くすわたしとヴィンセントには大きな声で会話するクラウドたちの声は聞こえても、わたしたちの声は届いていない。小さく体が震えるのがわかった。——7番街プレートを落とした人たちと、今まで何も知らずに、旅を。



「ほな、どないするんですか? ボクを壊すんですか?そんなんしても、ムダですよ。この身体、もともとオモチャやから。本体はミッドガルの神羅本社におるんですわ。そっから、このネコのおもちゃ 操っとるわけなんです」


次々と明かされるケット・シーの正体に目眩がした。
——あの時のあの表情はなんだったんだろう。ぬいぐるみのはずなのに苦しそうな、そんな顔を浮かべた気がしたんだ。ニブルヘイムで初めて会って——7番街のプレート落下の話をしたときに。あの場にいた誰より…そこに住んでいたバレットよりもティファよりも、ケット・シーが、一番傷ついていたように見えたのに。


正体を明かす気はない、それでも何もなかったことにして旅を続けろ、と要求するケット・シーの方へ歩み寄る。チラリとケット・シーはこちらを見た。それに気づいたクラウドとエアリスも振り返る。


「ケット・シーは、敵なの?7番街スラムを…めちゃくちゃにした?」
「っそれ、は…」


突然その話を持ち出されて狼狽えるその様子も演技なのだろうか?あの時の苦しそうな表情だって、わたし以外の誰にも見えていないはずのものだった——そんなところまで、演技だったのだろうか?


「…ボクが神羅社員であることは、間違いありませんわ」


ケット・シーはそう言った。
プレートのことは話したくない、そう言っているようにも見えた。視線をわたしからクラウドたちへと戻して話を続ける。


「それでも、完全にみなさんの敵っちゅうわけでもないんですよ。…ど〜も、気になるんや。みなさんの その、生き方っちゅうか?」


そう話すケット・シーは淡々とした語り口で、演技なのか本心なのか計りかねる——敢えてそうやって疑わしく見えるように話しているのかもしれないとさえ思った。


「誰か給料はろてくれるわけやないし だぁれも、ほめてくれへん。そやのに、命かけて旅しとる。そんなん見とるとなぁ……自分の人生、考えてまうんや。なんや、このまま終わってしもたらアカンのとちゃうかってな」
「〜とかなんとかいってぇ」
「正体はあかさない。スパイはやめない。…そんなヤツといっしょに旅なんてできないからな。冗談はやめてくれ」


エアリスとクラウドは信じる様子を見せない——まあ、それはそうだろう。彼らはわたしたちが合流するより前からずっとセフィロスだけでなく、神羅とも戦ってきたんだ。ロケット村でもシドのタイニー・ブロンコを壊したのは神羅の社員だったし——その神羅の回し者を信じるわけがない。それも折り込み済みだったのか、ケット・シーはトランシーバーを手にすると、そこから聞きなれない高い声が聞こえる。お花のお姉ちゃん、と呼んでいるのはエアリスのことだろうか?


「…人質か」


ヴィンセントが低く呟いた。
その女の子の声は二人にとっては馴染みの深いものだったようで、クラウドは怒りに満ちた声で「最低だ」と呟く。ケット・シーは無感情な声のまま自分もこんな卑劣な方法はとりたくない、と前置きをしながら話し出す。


「まぁ、こういうわけなんですわ。話し合いの余地はないですな。今までどおり、仲ようしてください。明日は古代種の神殿でしたな? 場所知ってますから あとで、教えますわ。神羅のあとになりますけど、まぁ、そんくらいはガマンしてくださいな」


ケット・シーはこちらを見ることなく、デブモーグリを操作してゴーストホテルの方へと消えて行った。


「明日から、大丈夫かな」
「…どうかな」


クラウドとエアリスの顔には少なからず動揺がうかがえた。あの女の子が誰なのかはわからないけれど、きっと彼らの大切な人、なんだろう。ケット・シーにどんな思惑があれ——彼の言葉が本物であったとしても、それは許されてはいけないことだ。きっと戦う手段もないだろう小さな女の子を誘拐して、人質に。


いつの間にかヴィンセントとの間に流れていた空気は消えてしまって、あたりは重苦しく、みな不安げな表情を浮かべていた。


古代種の神殿。行く手に待ち受けるのはなんなのだろう。
神羅は、セフィロスは。——わたしたちは。