Undecipherable voices



東へ向かうことになった。
昨日のことはもう皆に知れ渡っていて、ケット・シーもそれに開き直っている。特にバレットが射殺さんばかりの目つきでケット・シーを睨みつけていたのは、昨日の女の子の声が彼の娘さんのものだったからなのだと後でエアリスから聞いたのだった。


そう短くない期間を共にしてきたケット・シーの裏切りと最悪の人質に、ウータイへ行ったときとは比べものにならないほどに重い空気が辺りに立ち込めている。誰も言葉を発さず、岸辺に止められたタイニー・ブロンコをシドは無言で作動させた。


(…エアリスにありがとうも言えなかったな)


——昨日の夜のこと。
楽しかった思い出も、少し縮まったように感じられた距離も、こんな空気のなかではないも同然で、その後の衝撃にすべてを塗り替えられてしまって。きっと本当はエアリスも、あの時まではクラウドと楽しいデートをしていたはずなのに。詳しく聞きたかったし——感謝を伝えたかった。あの時間を作ってくれたことに。けれど、ケット・シーの件が落ち着くまで——それがいつになるのかはわからないけれど—-それは持ち越しになりそうだ。


タイニー・ブロンコは相変わらず不安定な動きで浅瀬を進んでゆく。大きな音を立てるそれがモンスター避けになるのはありがたかったが、ユフィは乗り物酔いで気持ち悪そうに左翼にうつ伏せになり時折外に直接——それはみなかったことにしようと思う。


「バレット、大丈夫、かな」


休憩中一人離れたところで背を向けて立っていたバレットを見て、エアリスが心配げにそう呟く。ひとり娘の安否が脅かされている。


「…娘さんのことは、人質である限りは無事は保障されてる…けど」


敵の手中にいることは変わらない。
そしてエアリスも同じ不安を抱えているはずだった——バレットの娘さんは彼女の育ての母の元に預けられていたので。人の心配をしながら、自分の不安をごまかしているのかもしれない。そっとエアリスの手を握る。


「…大丈夫」
「…ありがとう」


エアリスは不安げな表情を崩さないまま、わたしの手を強く握り返した。







東の島、ウッドランドエリアに着くとそこには広大な森が広がっていた。デブモーグリにかかった水を払っているケット・シーに近づく。


「ケット・シー」
「なんですの?」
「この森の先に、古代種の神殿が?」
「その通りやわ。この島にはそれ以外に建物はあらへんし、見ればすぐ分かるやろ。…それよりユリアはんはええんです?」
「何が?」
「…みんなボクのこと裏切り者と思ってはるでしょ。そんなんと話してるとユリアはんも裏切り者と思われるんとちゃいます?」
「ケット・シーはわたしと話すの嫌い?」
「…そういう話とちゃいますやろ」
「…わたし、あなたが人質を取ってることは許せない。でも、昨日の言葉、本当だと思ってるよ」
「…ユリアはん」
「…全部を信じたり、全部を疑ったりするのは大変だから。ひとつくらい本当のことがあるって思うのもいいかなって」


それはわたしの本心だった。
——もしかしたら、人質になっている女の子のことを何も知らないから言えることなのかもしれない。神羅の残虐なところを何も知らない——タークスでさえウータイでは助けられたし——から思うことなのかもしれない。甘い発想であることは自分でもわかっていた。


「…ユリアはん、敵に甘すぎますわ。いつか寝首かかれまっせ」
「うん、気をつける」


それでも、ニブルヘイムで見せた表情とか、昨日の露悪的な——疑ってくださいと言わんばかりの態度を崩したあの一瞬だけは疑えずにいた。神羅の中にいるのも人間で、良い部分もあれば悪い部分もあるのだと、そう信じてみたかった。


「案内、よろしくね」


そう笑って言うと、ケット・シーは何も言わずに背中を向けたので、わたしも背中を向けてエアリスたちのいる方へと戻っていった。


「大丈夫かよ?」
「…わたし?」
「そうそう、ケット・シー、敵だったんでしょ?」


バレットたちミッドガルからずっと一緒に旅を続けていた人たちは重苦しい空気で一つの焚き火を囲んでいて、それに気を使ったユフィやシド——人質になっている女の子を直接は知らない者同士で、また別の焚き火を囲んでいた。そんな彼女らに話しかけられて、わたしもミッドガルでのことは詳しくないので、そちらの方へと歩いてゆく。敵に話しかけるなんて、というような怒りは感じられないので少し安心した。——とは言ってもユフィだってウータイの出だし、神羅に対する敵意は十分にあるのだろうけれど。


「…ま、ユフィに言われたくはないんじゃない?」
「はー!?アタシを神羅の犬といっしょにしないで!」
「マテリア全部持って逃げられたときは大変だったな〜、ウータイの街までたくさんのモンスターに会ったしな〜」
「ぐっ…」


それでもこんな冗談をいってシドもケラケラと笑っているくらいだから、まだマシなほうなのだと思う。少し離れたところにいるエアリスやティファ、バレットにクラウドの前で同じことをいう気にはなれない。それを心配げに見ているレッドXIIIも然り。


「古代種の、神殿か…」


赤く燃え上がる焚き火を眺めながら呟いた。
このウッドランドエリアに降り立って以降、『星の声』はより強く響く。古代種の神殿になにか特別なものがあって、それが影響している、そんな気がした。


「…お前は何か分かるのか?」


隣に座っていたヴィンセントにわたしの呟きが届いていたらしい。同じようにぼんやりと焚き火を眺めて無言でいたヴィンセントが、顔を上げて此方を見ていた。——何か。


「…多分この島には何か——特別なものがあるんだと思う。でも、詳しいことはなにも」


『古代種の神殿』なんて名前が付くくらいだ、特別な何かがあるなんて星の声を聞かない者にも分かるだろう。声が聞こえてもその意味が理解できないのであればなんの意味もないなんて自分が一番よく分かっていた。——エアリスなら何か、もっとはっきりとしたことを理解しているのかもしれないけれど。


「…声、聞こえるけど、大半は意味のない音みたいなものなんだ。ただ聞こえるだけで、理解したり、何かを感じることはできない…星は何かを訴えてるみたいだけど…何を訴えてるのかもわからない…」


わたしはセトラではない。この星の人間でさえない。
そんなわたしにできることはあまりに少なく、同じ声を聞くからと信頼してくれているエアリスの負担を軽減させることもできない自分の無力さを痛感する。


「そんな気にすんなって!ユリアはすげー魔法を使うじゃねえか」
「そうだよ!マテリアなしであんな魔法が使えるなんてユリアすごいじゃん!」
「…シド、ユフィ」


落ち込んでいるわたしを気遣って、シドはそう言った。ユフィも大きく頷いている。


「…お前がここで仲間として受け入れられているのは、星の声を聞くからではないだろう」


ヴィンセントの静かな声が心に染み入る。


「…ありがとう」


——でも、ほんの少しでもこの声の伝えようとすることを理解できたら、そう思ってしまうよ。そんな言葉は飲み込んで、笑顔を作った。作り笑いだなんて、実は仲間思いのユフィとか、周りをよく見ているヴィンセントなんかにはバレてしまっているのかもしれないけれど、気遣っているのか何も言われなかった。


不意に、ユフィはいたずらっ子のように笑って口を開いた。


「ってかさ、ヴィンセント、ユリアにだけはやさしーよね!」
「へ?」


——話をそらしてくれたのかもしれないけれど、話題があまりに突飛だ。ヴィンセントではなくわたしが思わず反応してしまう。それにもユフィは楽しげに笑っていた。


「2人の関係はどーなってんの?」
「どうって…」


ユフィはわたしとヴィンセントを交互に見てニヤニヤしている。困り切った表情のわたしをみて楽しんでいるのかもしれないとも思った。ヴィンセントはこの上なく面倒そうな表情を浮かべている。——物静かなヴィンセントには、ユフィのこういうノリは苦手なのかもしれなかった。


ヴィンセントはなにも答えずに立ち上がり、テントの方へと消えてゆく。慌てておやすみ、と叫ぶが、特に返事もなく夜の闇に溶けていった。


(…ユフィの対応はわたしがやれってこと…?)


残されたわたしをユフィはじいっと見つめていた。
焚き火を挟んで反対側にいたはずのユフィはいつの間にかヴィンセントがいた方とは反対側の隣へ移動している。


「で、どーなの!?」
「…わたしも、そろそろ寝ようかな?」
「は!?ずるい!!逃げるの禁止!!」


苦笑いを浮かべながら立ち上がると、ユフィはそう言ってばっと顔を上へ向ける。その期待に満ちた視線から逃げるように焚き火から離れる。後ろから賑やかな叫び声が聞こえて、口元が小さく引きつった。


(…ユフィ、怖いなー)


エアリスやティファもこの手の話が好きみたいだけど、ユフィもだったか、なんて小さく思う。聞かれたって面白い話は——あるんだったな、なんて1人墓穴を掘ってがっくりと肩を落とした。


——暗い雰囲気を少しでも払拭しようとしてくれたユフィに感謝しながら、その日の晩は眠りについた。