Deep inside of the forest



深い森を抜けると、少し開けたところに古い遺跡のような巨大な建造物が見える。スピラでも、この世界でも見たことのない、不思議な形をした形状をしたそれを静かに見上げた。


(——誰かに、)
「招かれてる…?」


思わずそう呟いた。
——星の声が伝えようとすること。それを理解することはもう諦めてしまったけれど、代わりにそれをどんな思いで伝えようとしているのかは察せるようになってきたと思う。単純な感情——喜んでいるとか、恐れているとか、怒っているとか。そのくらいの気持ちならなんとなく理解できる。けれどここで感じる感情はそのどれとも違っていた。そして、今までとは違う新しい何者かの声——わたしの言葉にエアリスが反応する。


「ユリアにも、わかる?」
「…よくわからない…けど、怯えてるような…喜んでるような…」
「…わたしも、感じる……古代種の意識」
「…これが、古代種の意識…?」


わたしとエアリスの会話を他の皆は黙って聞いていた。


「死んで、星とひとつになれるのに 意志の力でとどまってる…未来のため? わたしたちのため?」
「なんて言ってる? わかるのか?」


クラウドがそう問いかけると、エアリスは橋を駆け抜けて入口へと続く巨大な階段を駆け上がる。


「不安……でも、よろこんでる?わたし、来たから? ごめんね……わからない」


エアリスはここで聞こえる何か——古代種の声と対話しているようだった。エアリスの言葉に聞こえる声が何か反応しているけれど——伝えたい意思はあるのに、言葉は持ってない、ような。そんな感じがした。


「…何が聞こえるんだ?」
「…今までに聞いたことのない新しい声…何が言いたいのかはわからないけど…」


ヴィンセントの問いにそう答えていると、エアリスがこちらへ戻ってくる。


「はやく、ね、中に入りたい!」


エアリスがそう叫んだ瞬間階段の向こうで何かが揺れた。
橋を渡って階段を上がると、そこにいたのは黒マントの男で。——黒マテリア、そう呻くように呟いている。


イレズミの番号は9。相変わらず不気味なそれが不意に光って浮かび上がると、空へ溶けてゆく。


「…今のは…」


どこまでも不気味な黒マントの存在に無意識に腕を摩った。
あれが何なのかはわからないからとにかくセフィロスを追いかけよう——そう言ったのはエアリスだったが、彼女は空を見上げて口をぎゅっと閉じ、厳しい表情を浮かべている。


(——せめてエアリスが考えていることが、わかればいいのに)


何も言わずにエアリスは巨大な入り口をくぐって中へと歩みを進めた。








「あっ、ツォン!」


入ってすぐのところには祭壇が設置され、そこに1人の男が凭れるように倒れていた。
エアリスが慌てて駆け寄る——ツォン、と呼んだ。知り合いだろうか。反対側から近づいて、彼が弱々しく抑えている腹の部分を確認する——刀だろうか。貫通していて、どくどくと血が溢れている。慌ててケアルガを唱えるが、綺麗に貫通してしまっていてなかなか塞がらない。


「くっ……やられたな…セフィロスが……捜しているのは……約束の地じゃない…」
「セフィロス? 中にいるのか!?」
「自分で…たしかめるんだな…くそっ……」


ツォンという男は、息絶え絶えにそう言葉を紡ぐ。——命の危機、というほどではないが、放っておけば生死にも関わるだろう傷を抱えながら、顔を上げてエアリスの方を見た。


「エアリスを……手放したのが ケチ…の……つきはじめ…だ…社長は……判断を あや……まった……」
「あなたたち、かんちがいしてる。約束の地、あなたたちが考えてるのとちがうもの」


エアリスは神羅から狙われていたのだという。その割に、エアリスの話を聞くツォンの瞳は穏やかだった。まるで——子供とか、恋人とか、誰か大切な人を見るような瞳で、エアリスを見つめている。邪魔することもできなくて、黙って2人の会話を聞いた。


「…それに、わたし、協力なんてしないから。どっちにしても、神羅には勝ち目はなかったのよ」
「ハハ……きびしいな。エアリス……らしい……言葉だ」


エアリスのそんな言葉にも笑って答えるこの男はどんな思いで今ここにいるのだろう。エアリスに一言そう返すと、体を動かそうとする。慌てて肩を貸すと、小さくすまない、と囁くように言われ、彼に合わせて立ち上がった。ゆっくりと歩き出し、傷を抑えていない方の手には丸い石——キーストーン。


「キーストーン……祭壇に……置いて……み……ろ」


クラウドにそれを手渡すと、祭壇からどくように脇まで歩いて座り込んだ。


「…傷が深い。助けは来るの?」
「…しばらくは…こないだろうな」


そう言う間にも、少し鈍くなったとはいえ相変わらず溢れる血がスーツやシャツを汚し続ける。わたしの手から溢れる緑色の光は絶えず傷口へ吸い込まれてゆくが、回復が間に合わない。——少なくとも、放っていけば間違いなくこの男は無事ではすまないだろう。込める魔力を強めていると、少し離れたところで反対側を向いて立っていたエアリスの元へ、クラウドが歩み寄っていた。


「泣いてるのか?」
「……ツォンはタークスで敵だけど 子供のころから知ってる。わたし、そういう人、少ないから。世界中、ほんのすこししかいない わたしのこと、知ってる人……」


男の長い黒髪が揺れる。エアリスの方を向いたのだとわかった。


「私は……まだ、生きている……」


ツォンがそう言うが、エアリスは何も答えずに、俯いた。


「エアリス」
「…ユリア」
「行っておいで。ツォンさん?のことは、わたしに」
「…でも、」
「…エアリスがいれば、この神殿のことはきっと大丈夫。気をつけてね」
「…ごめんね」
「謝らないで。…ケット・シーは手伝ってくれるでしょ?同僚の怪我だよ」
「…せやな、もちろん、手伝いまっせ」


クラウドは祭壇の前に立っている。エアリスとティファ、バレットがそこに並んだ。


「ここにキーストーンをつかえば……」


クラウドはそう呟いてキーストーンを祭壇の上へ置く。エアリスがチラリとこちらを見たので、手を振ると、何かを決意したような強い表情で頷いた。


祭壇が青く光り、あたりを眩い光が包み込む。眩しさに一度目を閉じると、再び開いた時にはもう、キーストーンの置かれた祭壇だけがそこに残されていた。