Magic without a materia



神殿の祭壇には、傷だらけのタークスと、中へ入らなかった仲間たちと、1匹のスパイだけが残されていた。
傷はまだ、塞がる様子をみせない。


「…エアリス…」
「…彼女は…強い…心配は…いらないと思うが…」
「…そう、だね。少なくともあなたはあなたの心配をするべきだと思う」
「…ああ…」


ケアルガでは足りない。ロッドと腕輪に付けられたマテリアをチラリと確認する。
——元々戦闘の補助をしていたのはエアリスだし、わたしは黒魔道士だから、白魔法はあまり得意ではない。とはいえ「死んで」しまってからは人間よりずっと高い能力を得たのは事実で、使ったことはないけれど——白魔法だって人間よりはずっとうまく、使えるはず。


「…あなたはエアリスの…大切な人みたいだから、助ける。…本当は神羅の人の前では見せたくないけど…」


魔法の発動を止めると苦しげにツォンが唸る。
そっと、液体が差し出される。ケット・シーからだった。


「エーテル・ターボや。飲んで回復し?」
「…ありがとう」


それを飲み干すと、魔法の発動を続けていたことで消費された魔力が戻ってくるのを感じられる。もう一度傷口に手を添えて、瞳を閉じる。気持ちを集中させて、アレイズを唱えた。


——「そせい」のマテリアは手元にはない。
マテリアなしで白魔法を唱えるのは初めてだった。この世界にきてからは簡単な魔法でもなるべくマテリアを使うようにしていたし。…そのうえで、ケアルはまだしも、レイズやアレイズのような魔法は使うこともそう多くはない。うまくいくだろうか、と少し不安におもったけれど、今まで以上に強い光が手のひらから溢れ、やがて傷口が音を立てて塞がってゆく。


「これでもう、大丈夫」
「…お前は、」


驚いたように見開かれる瞳に、困ったような表情のわたしが映っていた。


「…わたしはユリア。…このことは、神羅の人には…秘密にしてもらえると嬉しいけど…まあ、ケット・シーはもう知ってるしね」
「…社長には、報告しないわけにはいかないな」
「…ま、タークスだもんね」


ツォンから視線を逸らし、静かに見守っていた仲間たちの方を見る。


「…クラウドたちが戻ってくるまでどうしよう?」
「…アタシ、周りの様子みてくるよ。黒マントももっといるかもしれないし…」


ユフィがそう言うのに、シドとレッドXIIIが賛同する。
ヴィンセントとケット・シーはその場に残るようだ。


「…気をつけてね」
「ユフィ様に任せとけって!」


3人は勢いよく神殿の外へと出てゆく。そして祭壇の前にはわたしとツォン、ケット・シーとヴィンセントが残された。


「…もしかしてわたし、神羅の人に囲まれてる?」
「…それは私も神羅の人間だと?」
「…やはり貴方は、」


ツォンはヴィンセントと面識があるのか、何かを言いかけたが、ヴィンセントの表情を見て口を閉ざした。——ヴィンセントも元タークスだと言っていた。なんらかの関係があるのかもしれない。


「…冗談。ね、ケット・シー、クラウドに盗聴器か何か付けてるでしょ。聞かせてよ」
「…ユリアはん、どうしてそれを」
「キーストーンの情報手に入れたときだって、ケット・シー一緒にいなかったのに、手際が良すぎたもの。…そういえばあれを受け取っていたの、ツォン?」
「…そうだな」
「ああ、だから見覚えが。…まあとにかく、聞かせてくれてもいいんじゃない?」


そう言うと、ケット・シーは呆れたようにため息をついてトランシーバーを取り出した。
ず、ず、という音が聞こえて、少しずつ音が入ってくる——エアリスの声。


——ごめんね、わからないの
——えっ?
——な〜に?
——……危険? 邪悪な……意識?
——えっ? 見せる? 見せてくれるの?

——……どうなってる?
——まって! ほら、見て…はじまるわよ


だんだんと鮮明になる声。そしてエアリスとクラウドが静かになると同時に新しい声が届いた。


——ツォンさん、これは? これで約束の地がわかるんですか?
——……どうかな。とにかく社長に報告だ
——気をつけてくださいね。ツォンさん
——ああ……イリーナ、この仕事が終わったら めしでもどうだ?
——あ、ありがとうございます。それじゃ おさきにしつれいします


「…ナンパ?」
「…部下を食事に誘って何が悪い」


聞こえたのはツォンとイリーナの声だった。
まさかそんなプライベートな会話を聞かされるとは思っておらず、思わず隣に座り込む男を凝視してしまう。その目が気まずげに宙を彷徨い出したころ、再びツォンの声がトランシーバーから響いた。


——ここが約束の地? いや、まさかな……
——セフィロス!!
——おまえが扉を開いたのか。ごくろうだった
——ここは……なんだ?
——失われた知の宝庫。古代種の知恵……知識。私は星とひとつになるのだ
——星とひとつに?
——愚かなる者ども。考えたこともあるまい。この星のすべての精神エネルギー。この星のすべての知恵……知識……私はすべてと同化する。私がすべて……すべては私となる
——……そんなことができるというのか?
——その方法が……ここに。おまえたちには死あるのみ。しかし、悲しむことはない


少しの沈黙ののち、ざくりと刃物が何かを切り裂く音が聞こえる。思わず、ツォンの腹部を見た。今は綺麗な肌の覗く、穴の空いたスーツを。


——死によって生まれる新たな精神エネルギー。やがて私の一部として生きることができる…


「…セフィロスは星のエネルギーそのものを…狙っている…?」
「…そのようだ。私はもしかすると…とんでもないものを開けてしまったのかもしれないな…」


トランシーバーの奥ではエアリスやクラウドが何かを話し合っている。ツォンは何かを後悔するような表情を浮かべていた。


「珍しいですな、アナタがそう、感情を露にするんは」
「…私だって…思い悩むことはあるさ」


ケット・シーを操るという神羅の社員はツォンと知り合いなのだろう。意外そうにそう呟くケット・シーにツォンは苦笑いを浮かべていた。


「…私はそろそろ行こう。此処にいても仕方がないし…社長に報告せねばならないからな」
「…帰れるの?」
「暫くすれば神羅のヘリコプターが迎えにくることになっている…ユリア」


——ありがとう。
立ち上がったツォンがこちらを見下ろした。口元には緩やかな笑みが浮かんでいる。ふわりと、ツォンのつけていた甘やかな香水の香りが鼻を擽った。


不意に、ヴィンセントが口を開いた。


「…ヴェルドは、どうしている?」
「…私が『射殺』した」


——聞いたことのない名前。
首を傾げていると、ツォンがそう返す。それ以上は何も言わずに、ツォンは神殿を歩き去って行った。


「…ヴェルド?」
「…元、同僚だ」
「タークスの…ツォンの前の主任ですわ。神羅に歯向かって殺された、ゆう話やけど」


ケット・シーはそう言って一度口を閉じる。少しの沈黙の後、再び口を開いた。


「…これは、何の関係もない話なんやけど。…ミッドガルの5番街スラムの片隅に50過ぎたおっさんと若い女性が2人で暮らしとるんですわ。おっさんのは隻腕で片腕の義手にはマテリアが埋め込んであったんやけど、最近はその腕も普通の義手に取り替えて、親子2人で慎ましやかに生活しとるらしいな」


ケット・シーはどこか遠くを見るような仕草をした。
ヴィンセントはそれを静かに見つめている。


「…やっぱり、わたし神羅の人に囲まれてるじゃん」


少し拗ねた風にそう言うと、ヴィンセントが小さく笑った。