A company



2人と1匹は祭壇の前に座り込んで、静かにトランシーバーから聞こえる会話を聞いた。それは中を歩いている時には平穏だったが、突然3人とは違う男の——セフィロスの声が響いて突如として緊迫した模様が伝わってきた。


——まったく、素晴らしい知の宝庫……
——おまえが言ってることは意味不明なんだよ!
——よく見ておくがいい
——古代種の知にあたえるもの…私は星とひとつになるのだ


「…星と…ひとつに…」


それは、星にとって嬉しいこと?——そうだったら、こんなにセフィロスに怯えることはないはずだ。エアリスに目的を尋ねられたセフィロスは気分良く言葉を続ける。


——星は傷ができると治療のために 傷口に精神エネルギーを集める。傷の大きさに比例して 集まるエネルギーの大きさが決まる…
——星が破壊されるほどの傷ができたらどうなる?……どれほどのエネルギーが集まる?
——フッフッフッ。その傷の中心にいるのが私だ。エネルギーはすべて私のものだ
——星のすべてのエネルギーとひとつになり 私は新たなる生命、新たなる存在となる。星とまじわり……私は…… 今は失われ、かつて人の心を支配した存在……『神』として生まれ変わるのだ


「…あまりに目標が大きすぎて理解できまへんな」


ケット・シーがそう呟いた。
星を傷つける。大地だけを傷つけるわけではないだろう。きっと——そこに住まう全ての命も共に。


——星が破壊されるほどの傷? 傷つける? 星を?
——壁画を見るがいい。最高の破壊魔法……メテオ


セフィロスはその方法も、知っている。
セフィロスはそれから消えてしまったのか、クラウドとエアリスの叫ぶ声が聞こえた。


「…この神殿は、メテオを封印するための場所か」
「そうだと思う…けど、どうやって取り出すつもりなんだろう…」


小さなやりとりを交わしている間に、トランシーバーの向こうの空気がおかしい。
クラウドが何かを言って、必死に3人はクラウドの名を呼んでいた。


「…向こうの様子が…」
「なんやろ…映像があればよかったんやけど…」
「クラウドになにかあったのかな…?」


けれどそれはほんのわずかな間のことで、すぐにクラウドの声が聞こえ、エアリスたちは戸惑いながらもそれには触れない。


(…なにが、あったんだろう…?)


ティファもエアリスも、クラウドを想っているのだということはよく伝わってくる。なるべく二人が揃っているところでは触れないようにしている話題だけれど、クラウドと話している時の二人はどちらも、いつもより少しはにかむように笑うので。それでもエアリスが時折何かを決意したようにクラウドをみたり、ティファが何かに怯えるようにクラウドをみているのも知っている。


——ん?どうした。なんか変か?
——……なんでもないから。気にしないで。ね、ティファ、バレット! なんでもないよね


エアリスは何かに気づいている。ティファは——多分、気づきたくない。


「…ティファ、大丈夫かな」
「クラウド…か?」
「うん。…ヴィンセント、意外と周りよく見てるよね」
「意外と…?」
「冗談」


軽く眉を顰めたヴィンセントを見て笑った。
——とはいえ、冗談を言ってみても胸に巣食う悪い予感は消えない。クラウドと話すたびに、近くたびに感じる違和感。それが、ティファの様子と関係していて、この旅の重要な何かを握っているとしたら——何が起きるのかは分からないけれど、きっと嬉しいことではないから。


エアリスはメテオの解説をしている。宇宙を漂う星を引き寄せて、星を壊す、究極の破壊魔法。ケット・シーがそれにひどくおびえた風にしていたので、そっと頭を撫でた。——中にいる人は神羅の社員なんだろうか、男性?触覚はどのくら共有してるだろう?とちょっと考えたけれど、ケット・シーがありがとうございます、と言って少し落ち着いたのを見て頭を撫で続けることにした。ふわふわとしたぬいぐるみの感触が少しだけ気持ちいい。


——えっ?そうなの!?


不意にエアリスの驚いたような声が届いてケット・シーから手を離した。


——この神殿そのものが黒マテリアだって
——どういうことだ?
——だから、この大きな建物自体が黒マテリア、なんだって
——この、でかい神殿が? これが黒マテリア!?それじゃあ、誰にも持ち出せないな
——う〜ん、むずかしいところね。ここにあるのは神殿の模型なの。この模型には、しかけがあって パズルをといていくと どんどん模型が小さくなるんだって。模型、小さくなると、神殿自体も小さくなる。どんどん、おりたたまれていって、最後には手のひらにのるくらいにまで小さくなるの
——つまり、この模型のパズルを解けば 黒マテリアは小さくなって 持ち出せるようになるわけだな?
——そう、でもね……パズルを解くのは、この場所でしかできないの


「…なるほど」


ケット・シーがそう呟いて、何度か頷いた。


——だから、パズルを解くと、その人は この神殿、いいえ、黒マテリア自体に押しつぶされちゃうの
——なるほど……危険な魔法を簡単に持ち出させないための古代種の知恵か…
——そっとしておこうよ、ね?
——ダメだ。持ち出す方法を考えよう。だって、そうだろ? セフィロスにはたくさんの分身がいるじゃないか。あいつら、命を投げ出して黒マテリアを手に入れるくらいなんでもない、この場所はもう安全じゃないんだ
——でも、どうするの?


ケット・シーは何も言わずに持っていたトランシーバーの電源を切った。どうするつもりだろう、と訝しむわたしとヴィンセントをよそに、今度はPHSを取り出す。小さな電子音がいくつか響いて、ケット・シーはそれを耳に当てた。


「もしもし〜 クラウドさん。ボクです、ケット・シーです〜話、聞かせてもらいましたよ!」


「ケット・シー…!?」


何をするつもりなのか、一つだけ思い当たることがあった。
思わず名前を呼ぶが、にっこりと笑って人差し指を口元に。しぃーっ、とジェスチャーだけで合図をしてみせる。


「ボクのこと 忘れんといてほしいなぁ。クラウドさんの言うてることは よぉ、わかります、この作りモンの身体、星の未来のために使わせてもらいましょ」


ヴィンセントと二人、顔を見合わせた。
——わたしも、おそらくヴィンセントも、ケット・シーにそこまでの敵意はない。神羅に対する憎しみはそう強くないし。言葉の節々に感じる優しさはきっと、スパイとして警戒心を解くためではなく、ケット・シーの——あるいは彼を操る見知らぬ誰かの優しさだと信じられるくらいには、ケット・シーのことが好きだった。


だから、「つくりもん」とはいえ、黙って見送るのは少し寂しい。
他に方法がないとわかっていても、そう思った。


「よっしゃ! ほんな、まかせてもらいましょか!ほんな、みなさんはよう脱出してください!出口のとこでまってますから!」


ピ、とボタンを押してPHSの通信を切ると、ケット・シーはわたしとヴィンセントに向かい合った。


「てなわけでボク、星を救うことになりました」
「…ケット・シー」
「そんな顔せんといてくださいな。ツォンを迎えにくる神羅のヘリコプターにはボクのスペアが置いてあります。だからすぐに2号がきますよ、だってボク、スパイやもん」


ケット・シーは嬉しそうだった。心から、嬉しそうに笑っているのだと、そうわかる笑顔を浮かべていた。


「…でもわたし、寂しいよ」
「ユリアはんにそう言ってもらえてボク、嬉しいわぁ。ユリアはん、ゴールドソーサーでボクがスパイやわかっても、ボクと話してくれましたもんなぁ。あれ、嬉しかったで!」


——あ、大変や、クラウドさんたち戦っとる!
ケット・シーは慌ててデブモーグリに乗り込んだ。


「じゃあ、ユリアはん、ヴィンセントさん、元気でな!」


別れの挨拶はしたくない。そんな心の声が聞こえてくるようだった。
ケット・シーはデブモーグリを操ってキーストーンの設置された祭壇へ駆け上がると、そのまま姿を消した。


「…ケット・シー…」


祭壇を見つめてため息を一つ。
ふと、左となりに影が差して、そっと、腕に触れる黒い手袋。


「ありがとう…」


ヴィンセントの胸を借りるのは2度目だった。今回は涙は流さない。ただ少し——寂しかった。


「…2号が来たって、今まで一緒に旅してたケット・シーがいなくなっちゃうことには変わらないのにね」
「…そうだな」


否定せずに、ただ胸を貸してくれるヴィンセントに甘える。
——ケット・シー、あなたはわたしたちの、大切な仲間だよ。