she is gone.



「ユリアはんの魔法はさすがですなぁ。それ、世界中どこでも飛んでいけますやん」
「レビテトはそんなに高くは浮けないよ、確かに今はちょっと便利だけどね」


クラウドは深く眠りに就いていた。中で「何か」が働いているのか、目を覚ます様子を見せない。それをエアリスが厳しい表情で見つめて、ティファは瞳を逸らして。とにかくここから一番近い街——ゴンガガへ移動するため、つい数時間前に歩いたのと同じ道を歩いていた。


ウッドランドエリアのモンスターは状態異常を誘発する特性を持つものが多い。クラウドを運ぶために一人を戦闘できない状態にするのはあまりにリスクが大きいので、わたしが再びこの世界にはない魔法を使うことになった。スピラにもない——テレポと同じで、祈り子になってから使えるようになった新しい魔法だった。


「しかし祈り子ってのはすげーよな。お前、他にいくつ魔法使えるんだ?」
「…バレットも信じてくれるようになったんだ」
「…そりゃあよ…こんなもん目の前で見せられちゃあ信じるしかねーだろ…」
「ありがとう。…どうだろうね、まあもうちょっとあるんじゃないかな」


この世界とスピラでは理が微妙に異なっているように思う。
——例えばメテオの魔法。スピラではモンスターたちが当たり前に使う技だ。この世界に存在する魔法をすべてリストアップしたわけではないけれど、白魔法と言って回復や支援系の魔法しかないのも気になっていた。スピラでは最強の白魔法といえばホーリーだったので。


「今日はそろそろ、ここで休まない?」


エアリスが唐突にそう提案する。あたりは日が傾いていたし、今日はどのみち野宿だろう。誰も反対せずに荷物を置いて、テントの設営を始める。


(…エアリス…?)


誰もなにも言わないということは、気のせいなんだろうか?
——エアリスが自分から休もう、と提案したのは初めてのことだった。わたしが疲れているのを察して代わりに言い出してくれたことはあったけれど、今回はそういうわけでもない。ふわふわと浮かぶクラウドをバレットの建てたテントの中に入れ込むと、エアリスはそれを無言で眺めている。


「…エアリス?」
「っユリア?」


名前を呼ぶと僅かに動揺した表情を浮かべたように見えた。そっと近づくと、小さな声で声を掛ける。


「なにかあった?」
「…ううん、なにも。大丈夫、だよ?」


真っ直ぐにこちらを見てそう答えるエアリスは、先ほどの動揺が見間違えだったんじゃないかと思うくらいに普通にしている。だからそれ以上は何もいえなくなって、何かあったらいつでも言ってね、と返すと、エアリスはもちろん、と頷いてみせた。





その日の晩は疲れていた。


「…やっぱり1日中レビテトをかけ続けて野宿を続けるのはちょっと大変だな」
「…私が背負っても構わないが?」
「ヴィンセントは戦わないと」


長旅には少しずつ慣れてきたけれど、そう大変な魔法ではないとはいえ、一日中途切れずにかけ続けるのはそんなに簡単なことではない。座って食事をし、体を休めると疲労が一気に襲いかかってくるようだった。


食事といっしょに今日何本目かのエーテルを飲み干して、少し回復したような気はするけれど、体に残る倦怠感は消えない。


「…今日はわたし、早く寝るね」
「お疲れ様です、ユリアはん!」


後ろから明るいケット・シーの声が聞こえて、軽く手を上げる。
ティファやバレットの張ってくれたテントに入って寝袋に体を入れると、感じていた眠気はより強まる。


——わたしはここまでの、どこで間違えてしまったんだろう?
エアリスにちゃんと尋ねておかなかったこと?疲れ切って眠ってしまったこと?
わからない。夢も見ない深い睡眠で、起きたら日が昇っていて。テントの向こうがざわざわとしていて。


「エアリスがいなくなったの!」


そう慌てるティファの声が聞こえるまで、エアリスの思いに何も、気づくことができなかった。






「とりあえずクラウドはゴンガガに運びましょう。二手に分かれて、片方はエアリスを探せばいいと思うの」


リーダーが眠っている今、ティファがそう提案するのに誰も反対はしなかった。ユフィも、レッドXIIIも、バレットも、みんな不安げな表情を浮かべている。タイニーブロンコを動かすシド、クラウドと仲の良いティファとバレット、クラウドを運ぶためにわたし。ヴィンセントにユフィ、ケット・シーとレッドXIIIをウッドランドエリアに残して、ゴンガガへの道のりを再開する。


「…ユリア」
「ヴィン、セント…」
「…あまり思い詰めるな…気づかなかったのはお前だけじゃない」


いつも表情の薄いヴィンセントが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいた。努めて平静であろうとしていたけれど、彼は人をよく見ている。


「…なんの目的があって彼女が離脱したのかは分からないが…探せばいい」
「…うん」
「…任せておけ」
「…うん」


ヴィンセントはそっとわたしの頭を2,3度撫でた。
——本当は一緒にエアリスを探したい。エアリスはきっとなにか目的があってパーティを離れたんだ。離れなければならなかったとすれば、彼女にしかできないことだったから。このタイミングで——セフィロスがメテオを呼ぶかもしれない、そんな時に彼女にしか——セトラにしかできないこと。それが簡単なことのようには思えなかった。


そもそもエアリスは一人で戦闘することにもそう慣れてはいない。
ただ一人でこの大陸を歩くだけでも危険なこと。一刻もはやくエアリスを見つけ出したいのに、自分は探すことさえできないのがひどくもどかしい。


「…よろしくね」
「…ああ」


ヴィンセントは最後までわたしを心配げに見ていた。


——レビテト。
魔法を唱えると再び眠りについたままのクラウドが浮かび上がる。魘されているようで、僅かに表情を厳しくしている。何か、夢でも見ているのだろうか。


(…とにかく、ゴンガガに行かないと)


重苦しい雰囲気のままタイニー・ブロンコに乗り込み、ウッドランドエリアを離れてゆく。——エアリスと、最後に話した場所から。


けれどこの時はまだ、ただただ心配なだけだった。
あんなことになるのならもっと色々な話をしておけばよかったとか、意地でもエアリスの様子がおかしいのを問いただしておくべきだったとか、あの時あんなにすぐに眠るんじゃなかったとか。そんなことを後悔する日がくることまでは予測していなかったし、彼女の足はそう速くないから、彼らならきっと見つけ出してくれると——-それは半分は願望だったけれど——そう信じていた。


予定通りクラウドをゴンガガへと運び、宿屋のベッドに寝かせて、彼が目を覚ましたのはそれからすぐのことだった。