We will keep going.



ゴンガガの宿屋でしばらく魘されていたクラウドが目を覚ました。ぼんやりとしているクラウドはどこか思いつめているように見える。まともに会話したことのないわたしは、なんとなく会話に入れずに、部屋の隅で小さくなってバレットとティファとクラウドの会話を聞いていた。


「あのね、クラウド。エアリスがいなくなっちゃったの」
「みんなはエアリスを探しに行ってる」
「……古代種の都。エアリスはそこに向かっている。メテオを防ぐ手段があるらしいんだ」
「エアリスが一人で!? なんだって一人で行っちまうんだよ!」


(…え?)


オレたちも行くぞ、いや行きたくない、そんな話をしている3人をよそにわたしは固まった。


「…クラウド、は」


思わず声をかけたわたしを、クラウドは驚いたように見た。
——もう、そう短くない旅路を共にしている、その中で極端にクラウドとの会話が少ないことくらい、クラウド自身も気づいているのだと思う。気づいていて、あえて触れないようにしている。それなのにわたしからクラウドに話しかけたのだから驚くのも当然だと思った。名前を呼ぶのも久しぶりかもしれない。


「…エアリスと、夢で会ったの…?」
「…ああ。眠りの森の前に、エアリスは立っていた」
「…眠りの、森…」
「すぐにセフィロスが現れてエアリスを追いかけて…」
「…そんな…」


セフィロスと、エアリス。そして、クラウド。
祈り子のわたしはスピラで、誰かの視る「夢」へ渡ることができた。けれど、それは常人にはできることじゃあないし——セトラだというエアリスにだって、無条件にできることではないはずだ。


「…クラウドが、エアリスを追いかけなくても、わたしはエアリスを追う。エアリスの願いはあなたを救うことだった…わたしは、彼女が生きていないとそれは果たせないと思うから」
「…ユリア」


ティファが少し複雑そうな表情でわたしの名前を呼ぶ。相変わらず怯えたような星の声が耳に付きまとって離れない。バレットは静かにわたしを見ていた。


「クラウドの抱えていること、わたしにはわからない…エアリスは何かに気づいてたけど、わたしはセトラじゃないから。でも、エアリスが救いたいと願ってたのは…クラウドなんだよ。そのためになら命だって捨てる覚悟だと思う」
「でも俺は…」
「クラウドが自分の感情を本物だと信じるなら、行動したほうがいいよ…全部終わってからじゃ…遅いんだよ…」


胸の痛みに耐え切れなくなって、何も言わずに部屋を出た。大丈夫だったかい、と尋ねる宿屋の主人に作り笑顔で頷いて、建物を出る。


(…余計なことを言っちゃったかもなあ…)


どうしても——どうしても、他人事ではいられなかった。エアリスが一人、命の危険も顧みずにメテオから星を守ろうとしている。どういう方法でかは分からないけれど、彼女だけに許されるやり方で。


「…散歩でも、しようかな」


少し一人になりたいと、そう思った。







町をふらふらと彷徨っていると、大きな荷物を抱えた老婆が道の反対側から歩いてきた。


「大丈夫ですか、てつだいますよ」
「ああ、ありがとう…そこの家までなんだけど」
「お安い御用です、全部持たせてください」


大変そうにしていたので思わず助けると、人の良さそうな笑顔で荷物を預ける婦人に付き従って歩く。そう遠くないところに彼女の家があり、荷物を渡すとお茶を出すというので中に入った。


「助かったよ、ありがとう」
「…いえ、こちらこそご丁寧にありがとうございます」
「あんた、あの金髪のソルジャーといっしょにこの村に来たろう?」
「…クラウドの、ことですか?」
「そうそう。ウチの息子もソルジャーだったから、懐かしくてね」
「そう、だったんですか…」
「…ザックス、元気にしてるといいけど…」
「…ザックス?」
「ああ、知ってるかい?」


——でもね、似てるの。はじめて好きになった人に。
エアリスの声が頭にこだました。


「…いいえ、わたしも田舎からきたもので、ソルジャーのことはよくわからなくて…」
「…そうか…」


老婦人はわたしを丁寧にもてなしてくれた。
ありがとうございました、ともう一度頭を下げて、家をでる。


「…ザックス…」


此処にエアリスは訪れたんだろうか。
もしかしたら同姓同名の別人かもしれない。会ったこともないソルジャーのことがわたしにわかるはずもない。


「…エアリス」


クラウドを初恋の人に似ているのだと——ザックスはもっと太陽みたいに明るかったけど、ふとした仕草や表情が、彼にそっくりなのだと、会ってすぐの頃に教えてくれた。ザックスという男はもう、ライフストリームに溶けてしまったのだろうか。エアリスは知っているのかもしれない。


考え事をしながら宿屋の前に戻ると、ティファとバレットがクラウドを待っているようだった。


「ティファ、バレット」
「おう、大丈夫か?」
「…うん、突然出て行ってごめん、散歩してたら元気出てきたよ」
「エアリスと一番仲が良かったの、ユリアだもんね…」
「…そう、かな」


ティファにそう言われて、胸が痛む。
それでも、エアリスが一番心配していたのはクラウドのことだし、そこでわたしにできることは何もない。わたしはとても無力だった。


けれどそう悩んでいるうちにも時間は進んでゆく。宿の中からクラウドが出てきて、迷うように瞳をさまよわせていた。常にクールなクラウドの、今までに見たことのない表情だった。



「ちょっと、聞きたいんだけどよ。おまえはどっちなんだ?自分のこと、もっと知りたいのか?それとも、知るのが怖いのか?ま、どっちにしても、ここにいたって なやんで頭かかえてるしかねえぞ。もし、セフィロスと会ってよ、また、おまえがおかしくなっちまったら、そん時はそん時だぜ。オレがぶんなぐって 正気にもどしてやるからよ!」


バレットはそう語るが、クラウドはどこか怯えているようで。——知るのが怖い。それがクラウドの想いなのだろうと感じる。同じ感情をティファも持っているから、だからティファはそれに瞳を揺らして。決して前を向いて旅の続きを、という雰囲気ではなかった。


それでも。


「クラウド、大丈夫よ。みんながついてるじゃない」
「……でも」
「ま、なるようにしかならねえぜ。ウジウジなやむな」
「……そう……だな。……そう……だよな?」
「さあ、エアリスを探しましょう?」


先へ進まなければならない。エアリスを、追いかけなければ。