The voice killing me

ウッドランドエリアとアイシクルエリアでエアリスを探していた他の仲間と合流して、ボーンビレッジを訪れる。眠り閉ざされたその森はルナ・ハープがなければ先へ進むことができない。


森が眠り、まどろんでいる間はそこに迷い込んだ人間を惑わすと呼ばれている場所。二度と出られないかもしれない。そう語る発掘員に、一行は不安げな表情を強める。


「でもさっき、ピンクの女の子と黒い男の人が入っていったわ。大丈夫かしら?」


エアリスと、セフィロスはここを通っている。早く追いかけなければ、と気持ちばかりが焦ってもどかしい。発掘調査員が地中の爆弾を爆発させて、ルナ・ハープの位置を特定すると、そこを掘ってもらう契約を結び、その日はボーンビレッジの来客用テントで夜を越すことになった。


セフィロスがすでにここを通ったのだという言葉は少なからずわたしを含めた皆を不安にさせていた。食事中も、ユフィやケット・シーが場を盛り上げようと口を開いてはどこか上の空の皆に困った表情を浮かべる。2人のそれはありがたかったけれど、わたしは何も言えなくて、無言のまま味のしない食事を飲み込んだ。


支度が整うと藁でできた簡素なベッドに横になる。眠れる気はしなかったけれど、自然主義者の集まるこの村には電球一つないので、外に出て崖から落ちでもしたら大変だ。そう思って大人しくベッドでじっとしている。


近くには魔晄炉もないので、テントの中も明かりを消してしまえば驚くほどに真っ暗だった。自分の指さえも見えない暗闇、閉じても開いても変わらない景色。


——ぼうっとそれを眺めているとふいに、暗闇の向こうからほのかな光が差し込んだ。


なんだろう、そう思って近づくと、ちいさかった光が弾けて、まばゆい光に目が眩む。
不意に遠くから、声が聞こえた。


「君は…僕を忘れて、大切な人を作っているんだね」
「…ハルク…?」


必死に瞳を開こうとするけれど、眩しい光が邪魔をした。光の先にいるのだろうか、わたしの愛した人が。怒っているのだろうか、憎んでいるのだろうか。妬んでいるのだろうか。こうして、何事もなかったかのようにのうのうと生きている、わたしを。


「でも君はまた失うんだよ…君に大切な人は守れない——」
「やめ…て…」


穏やかな声はわたしの大好きだったそれなのに、紡がれる言葉は大きすぎる悪意に満ちている。言葉の一つ一つが、わたしの呼吸を奪ってゆく。あなたの口からそんな言葉を。


「すぐに思い知る、君は愚かで無力な—-」
「やめて…!」



「——っ!」


瞳を開くと、未だ真っ暗な闇の中。遠くからモンスターの鳴き声が小さく聞こえる。それからすぐに聞こえる風の音は、トーンアドゥの飛び去る音だろうか。窓のない部屋で静かに起き上がって、相変わらず何も見えない暗闇をぼんやりと眺める。


悪夢を見たのは初めてではない。
この旅を初めてからも幾度となく見た、愛した人が、消えてゆく瞬間。


けれど、こうしてわたしを責めたてるハルクの言葉を聞いたのは初めてで。


(…ハルク、)


誰かを大切に思うことは、ただそれだけで罪なのだろうか?
森の向こうにいるはずの大切な人のことを思い出す。誰も救えない、その言葉が頭に張り付いて、体が震える。


——そんなことない。もう二度と失ったりしない。
静まりかえったテントの中で一人、何度もなんども自分に言い聞かせた。






その日は結局その後一睡もできない間に日が登った。無事に発掘されたというルナ・ハープを持って迷いの森へと入ると、神秘的に光る森にルナ・ハープが共鳴する。森の囁き声が耳に響いた。


「…森が目を覚ましたみたい」
「本当かよ?俺は何も感じねーぞ?」
「…森の囁き声が聞こえる…先に、進もう」


迎え入れるように優しく響く森の声は、決してわたしたちをこの場所へと閉じ込めようとしているようには聞こえない。エアリスを追うわたしたちを応援している、そう考えるのは都合が良すぎるだろうか?揺れる白い木々にありがとう、と告げると、歩みを進めた。


昨日どれだけ歩いても抜けることのできなかった森の先にはサンゴの谷が広がっていた。
谷底を歩いて抜けると、現れた巨大な都市の遺跡。


「…ここが、」


古代種の、都。
遺跡と呼ぶにはあまりに完全な都市の形を維持した場所だった。つい昨日まで人がすんでいたんだよ、と言われても信じてしまうくらいに。セトラの民は星と対話をする。星がこの場所を、守り続けてきたのかもしれなかった。


エアリスの姿を探し、手分けして街を歩きまわる。木や石でできた家々。民家と思しき場所には食器や寝台が置かれていて、彼らの生活がうかがえる。今はもうエアリス一人になってしまった、セトラ。その昔ここで営まれていた生活はあまりにリアルに残っていた。


「…ユリア」
「っ、あ、どうしたの、ヴィンセント」


唐突に声を掛けられて思わずびくりと震える。気づけばどこか上の空でぼんやりと、民家でただ立っていたらしい。いつの間にか隣にいたヴィンセントの瞳には心配が滲んでいた。


「昨日の晩、眠っていないだろう」
「いや、そんなことは」
「…魘されていた。途中で声が途切れてからずっと起きていたのでは?」
「…」


ヴィンセントに聞かれていたのか。どこか気まずいような感情に包まれた。彼も同じように悪夢を見るから、わかったのかもしれない。そっと、黒い手袋をつけた右手が目の下を撫でる。


「…隈ができている」
「…ちょっと、嫌な夢をみて…」
「…そうか」


ヴィンセントは深くは尋ねずに、そっと右手を下ろして、わたしの左手を取った。そのまま優しく引かれて、綺麗に整えられたベッドに座る。


「…少し休め。セフィロスと…戦闘になるかもしれない」
「わたし、別にそんなに疲れているわけじゃ、」
「エアリスも心配する」


ヴィンセントのその言葉に、思わず押し黙った。
ヴィンセントは決して威圧的ではなかったけれど、その言葉はどこか逆らえない力を持っている。わかった、そう返すと小さく微笑んで頭を撫でられた。


「…子供あつかい」
「…ふ」


多分この世に生まれてから過ぎた年月でわたしに勝る人なんてこの世界にはいないのにな、なんて、ちょっと拗ねた風に唇を尖らせながら考える。ヴィンセントは余裕の表情で、それが少し悔しかった。


だから。


「…っ」


至近距離で驚いたように見開かれた、透き通る赤い瞳。
ほんの一瞬だけ触れた唇は、すぐに離れて。


「おやすみ!」


振り返らずに立ち上がって、隣に置かれていた別のベッドに入る。そのままぎゅっと、瞳を閉じた。


——君に大切な人は守れない。
消えない声が、頭の中でいつまでも反響している。