She will no longer laugh.



わたしには、エアリスの声も、セフィロスの声も聞こえない。
それを聞くクラウドを、星がひどくおびえたように見ていることだけを知っている。


民家で休んでいたわたしたちを迎えにきた——どうやら近くにいたらしい——クラウド達と合流し、声が聞こえたという方向へと歩みを進める。あたりはすっかり暗くなり、遺跡であるこの街を星の光だけを頼りに進んでゆく。


街を抜けた先には白い木々が美しく光り輝く神秘的な森が広がっていた。ただ目的もなくここを訪れていたなら暫く立ち止まって静かに眺めたいような美しい光景を横目に、クラウドは一心不乱に森を歩き続けている。誰も何も言葉を発することなく、クラウドが迷いなく進む先を目指し続けた。


白い森の先には、小さな池と貝殻のような建物。
——神殿だ。見たことのない建物だったが、直感的にそう思った。クラウドは脇目も振らずにその建物へと駆けてゆく。どこか焦っているように見えるクラウドは、一体どんな声を聞いたのだろう。彼を追って神殿へと駆ける。静寂に包まれた森の中で、わたしたちがエアリスを探すその足音だけが貝殻のドームに反響していた。


「…あそこ、」
「…ああ」


クラウドとティファが短く会話をした。
階段を降りると、水の張り巡らされた巨大な空間の真ん中に祭壇がある。遠くに見えるそこには、桃色の服——エアリス。やっと、会えた。祭壇に膝をついて、祈りを捧げているのだろうか。何をしているのかは分からないけれど、ようやく探していた彼女の姿が見えてほっと胸を撫で下ろした。ここはとても澄んだ空気が流れていて、近くに不穏な影もない。セフィロスはまだ、エアリスのもとに来ていないのだろうか。


エアリスのいる祭壇には直線距離以上の距離がある。神殿の外壁をぐるりと囲う道を通り、階段をおりて、またぐるりと回って、ようやく彼女のいる祭壇へと飛び移れそうな石のある場所まで来た。エアリスは随分と近くに見えるけれど、瞳を閉じて必死に祈っているエアリスはわたしたちの姿には気がついていない。クラウドが祭壇の方へと跳び移る。


いくつかの石を跳んで、祭壇に跪くエアリスの前にクラウドが立ったその瞬間、ぞわりと背中に嫌な予感が駆け抜けた。


「っ!?」


セフィロスが来る時と同じそれに、ばっと振り返ってあたりを見渡す。
——誰もいない。
どこだろう、セフィロスは一体何をする気だろう。そう考えて視線を戻して、


「クラウド!!!」
「やめて!!」


思わず叫んだ。バスターソードを両手に持ったクラウドが、エアリスに斬りかかろうとしていた。


「クッ……俺に何をさせる気だ」


エアリスを斬る直前にどうにか正気に戻ったクラウドは、バスターソードを両手に抱いて震える。エアリスが、瞳を開いた。


——その瞬間。


神殿の天井高くから、銀の光が落ちる。
それは流星のごとき速度で真っ直ぐに降り注いで。


キラリと、その巨大な刀が煌めいた刹那、


——グシャリ、と、何かを貫く音が響く。
ほんの数秒の、できごとだった。ただ、見ていることしかできないほどに。


セフィロスの刀は真っ直ぐに、エアリスの胸を貫いていた。





「…ぁ、」


静かな音を立てて、その細長い刀が引き抜かれる。
ばたりと、静まり返った神殿に、エアリスの倒れる音が響いた。


(…彼は、いま、なにを…)





何が起きたのか、全く分からなかった。
エアリスがどうしてそこに倒れているのか、どうしてここにセフィロスが立っていて——その刀の先から血が滴っているのか。その血は誰の——


「気にすることはない。まもなくこの娘も星をめぐるエネルギーとなる…私の寄り道はもう終わった。あとは北を目指すのみ。雪原の向こうに待っている『約束の地』。私はそこで新たな存在として星と一体化する。その時はその娘も…」


ただそこで交わされる会話を他人事のように聞いていた。
——エアリスは、もうしゃべらない もう……笑わない 泣かない……怒らない……


(しゃべらない…わらわない…なかない…おこらない…?)


エアリスは、もう、動かない?
——どうして?
——それは。エアリスが、死んでしまったから。




目の前で、殺された。
セフィロスが殺した。
——わたしはまた、大切な人の死を、何もできずにただ黙って、見つめていた。


(どうして…エアリスが、なんで、)


ぐるぐると、心の中に熱い感情が湧き上がる。
——苦しみ、憎しみ。痛み。
様々な負の感情がないまぜになって、ぎゅっと瞳を閉じて。


(ゆるせ、ない…)


強く、拳を握った。そして、


(…『召喚』…)


自分自身の中に眠るその力を、静かに解放した。


「っユリア?」


異変に気付いたティファが、わたしの名前を呼ぶのが聞こえる。心臓があるはずの場所から緑色の光が伸びて、それが全身を包み込んだ。


その、刹那。


「っセフィロス!!!」


来た時と同じように高く舞い上がるその男は、わたしの攻撃を刀で受け止めた。キン、と、金属同士がぶつかる音が響く。


——ハルクの生み出した究極召喚獣は結局、一度も召喚されることなく祈り子の魂は世界を渡った。自分自身のその力を自分で使えるのかは自身がなかったけれど、背中から生える6枚の羽と、長く伸びたプラチナブロンドの髪、そして初めから使い方を知っているように扱える炎を纏った太刀が、その技の成功を証明していた。


セラフィム。
誰に聞かずとも知っている、『わたし』の名。
間近で光るソルジャーの瞳が、興味深げに細められた。


「…ほう、お前が隠し持っていた力はそれか」
「お前だけは、許さない」
「勝手に言っていろ。今日はお前に構っている暇はない……代わりにこいつを残していってやる」


小さなマテリアがセフィロスの指から零れ落ちていった。それは光り輝いて巨大なモンスターの形をとる。着地した場所は——エアリスの倒れる、祭壇。


「っエアリス!!」


セフィロスの気配が消えたが、気にとめるゆとりはなかった。
6枚の羽を羽ばたかせ、急降下——太刀を振り上げて、落下する勢いのまま、全力を込めて振り下ろす。モンスターが大きく呻いた。


「エアリスに、触れるな!!!!」


そう叫び、振り下ろした刀をもう一度、横に振り回した。
十字に切られたそのモンスターはもう一度大きな雄叫びをあげて、緑色の光を放って空へと溶けてゆく。


「…アイツ、一撃で…」
「…あれが、『究極召喚獣』の力…?」


祭壇の外で見ていた仲間たちがそう言っていたのは耳には入らなかった。
地面に降り立つと、クラウドが呆然とエアリスの方へと歩み寄っている。


(…エアリス…)


戦いを終えたわたしの全身が緑色の光に包まれて、再び、元の姿へと戻って。
——けれどエアリスは永遠に、元には戻らない。


わたしはまた守れなかったのだと、知った。