A silent denial
「セフィロスはどっちに行ったのかしら?」
ティファがそう呟いた瞬間、キィ、と耳鳴りのような音が頭に響いた。
視界が歪む強い耳鳴りに思わず耳を抑えてよろけると、遠くで誰かが焦ったようにわたしの名前を呼ぶのが聞こえる。揺れる視界で、同じようにクラウドが頭を抱えていた。
(…誰かが…呼んでる…?)
星の声の邪魔をして、誰かが何処かへ導こうとしている。おそらく誘ってるのはわたしではなく、クラウド。
耳鳴りは数秒でふっと消えて、しばらく呆然とクラウドを眺めていた。気づくと地面に座り込んでいたわたしの目の前に、黒い手袋をつけた手が差し出された。
「…大丈夫か」
見上げると、ヴィンセントが心配げにこちらを見ていて。
——思わず、瞳を逸らした。
「うん、ありがとう」
地面に手をついて、ヴィンセントの手を取らずに、立ち上がる。小さく名を呼ばれた気がしたけれど、振り向くことはしなかった。同じように元に戻ったクラウドの方を向いて、話しかける。
「…北の…雪原の、向こうだよね」
「ああ…セフィロスはそう言っていた……」
エアリスが、最後にやろうとしたこと。セフィロスを止める、ということ。
それを引き継いで、やりきることが、わたしにできる唯一残されたこと。そのために、心を閉ざしてでも先に進むと、そう決めた。今までずっと避けてきたクラウドの方をまっすぐに見つめる。
「…早く、行こう?」
「…そうだな」
それから一行は北の雪原へと続く道を歩き続けた。
決して明るいことの多い旅ではなかったけれど、こうも誰しもが無言で歩き続けるのは今までにないことだった。エアリスの死が、少なからず全員に影を齎しているのは明らかだった。ユフィやケット・シーが心配げにクラウドやティファ、わたしのことを見ていたけれど、クラウドは何も言わず、わたしも気づかないフリを決め込んだ。
洞窟を抜け、雪原へ出ると、一層寒さが身にしみて感じられた。
「生きて」いた頃も北の果てを目指して旅をした。ザナルカンドとベベルの間にある霊峰、ガガゼトはいつも雪に閉ざされていて、夜はハルクと二人、寒さに震えたものだった。ハルクはよく、自分も寒いのに来ていた上着をわたしにかけて、心配してくれていた。
——そんな彼を殺したわたしがまた、大切な人を見殺しにして自分一人生き残り、こうして雪原を歩き北を目指している。それがおかしくて、そして悲しかった。
アイシクルエリアのモンスターはなかなか強力だった。小さなウサギのようなそれから、巨大な恐竜まで。もう、マテリアのない魔法を使うことに躊躇いはなかったので、遠慮せずに恐竜に向けてアルテマを放つ。鬱屈とした感情を発散するのにちょうどよい対象だった。一撃で緑の光が上がってゆくのを見て何度か心を鎮めようとしてみたけれど、結局全て失敗に終わる。
「…ユリア、無理はしないでね」
「ティファ、ありがとう。魔力には…ゆとりがあるから、大丈夫。ティファこそ、寒さで体力奪われないように、戦闘はある程度任せてくれて大丈夫だから」
雪原の夜は静かだった。ティファが話しかけてきてくれて、心配げにしているので笑顔を作ると、少し安心したような表情。少し離れたところから感じる視線に、あえて触れないようにティファと二人、食事をとる。ぱちぱちと、焚き火の燃える音が響いていた。
数日かけて雪原を歩き続ける。歩けども歩けども景色は真っ白で変化のないそれに気が滅入りそうになったけれど、旅路を進めるにつれ、時が流れるにつれて、少しずつユフィやケット・シー、シドたちから言葉を発するようになり、喪失感が消えるわけではないけれど、表向きは元の雰囲気が戻ってゆく。それは少なからずわたしや他のみんなの救いだった。
エアリスが最後に成し遂げようとしたことを、代わりに成し遂げたい。
その思いは、わたしにだってある。まだ心がついてこないだけで。——本当にできるんだろうか?そんな思いが、捨てきれないだけで。
だから、途中で諦めてしまいたくはない。
「ユフィ、いつもありがとうね」
「?ユリア、なんかしたっけ?」
「…ううん、なんでもないよ」
休憩中、たまたま隣に座っていたユフィに話しかけると、ユフィは何のことやら、という表情を浮かべている。けれど口元は少し笑んでいるから、きっとちゃんと伝わっているだろうと、そう思う。
「そういえばユリア、あの変身するやつ何!?」
「…ああ、『召喚』のこと?」
「召喚?」
「そう、わたしは究極召喚の祈り子だって、前に言ったでしょ?あれはわたしの召喚獣だよ」
「すげえ、これだけ魔法使えるのにさらに先があったんだ…」
太陽が高く上っているのに溶ける気配のない氷の上に座って昼食をとりながら、ただ感心したようにユフィがなんども頷いていた。
「…セラフィム、っていうの」
「…天使の名か」
「うん、そう」
ヴィンセントに尋ねられて、頷く。
——ヴィンセントの方を向くことができなかった。いつも隣に座っていたはずの彼は少し離れたところに座っていて、必要以上に近づいてこない。きっと、察しているんだ。差し出された手を敢えて、取らなかったから。
もうこれ以上、誰とも近づきたくない、そう思っていることに。
「そろそろ行こう」
クラウドがそう言って立ち上がる。座っている間についてしまった雪を払って、支度を整えると、再び一面の銀世界を歩き始めた。
その日の夕方ようやく遠くの方に何か建物のようなものが見える。
1時間ほど歩いて、久しぶりに人の住む街——アイシクル・ロッジにたどり着いた。