Let me take over your mission.



「ふー!久しぶりのシャワー、すっきりするな〜!」
「外寒かったし、やっと暖かいところで休めるね」


アイシクル・ロッジは小さな村だけれど、スノーボードやスキーをする観光客で溢れている。大きな暖炉ではいつも暖かな火が灯っていて、雪原を歩き続けたわたしたちの体を温めてくれた。本当は少しでも早く北へ進みたいけれど、ここに来るまでにギリギリまで使い果たした体力は限界で——多分、一番疲れてるのは誰でもないわたしだ。数日はここに滞在して、北へ向かう方法を探すことになるだろう。


「ユリア、大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れちゃったけど…休めば、多分」
「ユリアすごい勢いで魔法使ってたよね!雪が抉れるやつすごかったなー!」
「アルテマ…この世界にはないのかな?」
「どうだろう…?珍しいマテリアなのかもしれない…」


スピラでは最強の黒魔法と呼ばれた、アルテマ。
対をなす白魔法は、不思議とここにきてから全く唱えられない。——もともと黒魔道士だったわたしにはスピラにいた頃から使えないものだったけれど、ここまで発動しない魔法というのも珍しかった。ケアルガもリジェネも、アレイズも唱えられるのに。


「なんでだろう…?」
「?どうしたの?」
「…いや、なんでもない。明日は街の中の探検、かな?」
「それしかないよね…北に進めば進むほど寒くなっていくみたいだけど、私たち大丈夫かな…」
「なんとかするしかないんでしょ?セフィロスは進んでるんだから、何かはあるって!」
「ここ、スノーボードの有名な場所みたいから、地図くらいはあると思うんだよね。誰か遭難したら困るし…そうしたら行き先も、見当がつけられるかもしれない」



ほとんど希望的観測に近いそれは、それでも少しティファを安心させたみたいだった。もう寝よう、そう言うとそれぞれがベッドに入る。シングルベッドが4台置かれた4人部屋——余った1台のベッドを静かに見つめた。


(…本当だったらそこには、)


(…やめよう)


シーツにくるまると、壁際のベッドに座っていたユフィが静かに電気を消した。
いっしょにいた仲間たちが見えなくなって、静寂が辺りに広がる。星の声は古代種の都を離れるにつれ段々と小さくなってゆく。北の果てに何が待っているのだろう、耳に響く声がこれ以上小さくなるのなら、そこへたどり着いた時にはきっと——


——ねえ、僕の言った通りだったでしょう?


「っ、ハル、ク…」


まただ。夢の中だとわかった。わかっても、聞こえる声から逃げる手段がないのだから同じことだった。瞳を開くと、血塗れの男が、いっそ恐ろしいくらいに満面の笑みを浮かべて立っている。その顔はわたしがよく知るものなのに、まるで別人だった。


——僕を捨てて新しい人と幸せになるつもりだったんだろう?
——そんなことがどうして許されると思ったんだい?


「…それ、…は…」


前に進もうと思ったことが、誤りだった?
もう何もわからない。自分の瞳が開いているのか閉じているのか、耳を塞いでいるのか聞いているのか。目の前にいるのが誰なのか。


誰も救えない。誰も守れない。スピラを呪って死んでいった大切だった人の言葉が、絡まって離れない。それでも前へ進もうとして、また間違えて。ずっとあの谷底でひとり、空を眺めているだけだったら、こんな思い、しなくて済んだのに。


——本当に?


「っエアリス…?」


突然、新しい声が響いた。つい数週間前までよく聞いていた、大切な彼女の声だった。
それはハルクのように憎しみに満ちた、この世の全てを呪うような冷たい声じゃなくて、今までずっと聞いてきた、優しくて、力強くて、大好きな、あの声で。


「エアリス…?いるの…?」


暗闇の中を歩き続ける。
さっきの声はなんだったんだろう、本当にエアリスの声だったのかな?色々な疑問が頭の中で渦巻いている。何度もエアリスの名前を呼んで、返事はなくて。それでも呼び続けた。


彼女とまた、話したかった。


「ユリア!!」
「っ!ティ、ファ…」
「大丈夫?その…魘されてたよ」


何度もエアリス、って。
ティファは気まずげな表情でそういった。


はっとして外を見ると、もう日が昇っている。朝だった。
エアリスの姿はもちろんないし、わたしが寝言でエアリスの名を呼んでいたことはティファにもユフィにも知られているのだろう、二人とも複雑な表情を浮かべていた。


「…ごめん、ね」
「ううん、私たちは大丈夫だけど…」
「…わたしちょっと疲れてる、みたいだから。午前中はここで休んでていいかな…?」
「モチロン大丈夫だよ、朝食取ってくるから待ってて!」


なんとかそういえば、気を遣ったユフィが部屋を出てゆく。それを追いかけるように、こちらに心配げな表情を向けていたティファも扉の向こうへと消えて行った。扉が閉まると、静かになった部屋には窓の外から子供たちの笑い声が響いている。


「…エアリス、」


何かを伝えようとか、そういう雰囲気ではなかった。
ただ、わたしの元に、そう、ただ友達に会いにきたみたいに。目的があるわけでも、理由があるわけでもなく。


「…星をめぐる、流れ…」


セフィロスが言っていた。彼女もすぐに星をめぐる流れになる、と。
ライフストリームに溶けた星の意識を聞くことができるのはセトラだったエアリスと、わたしだけ。そして、エアリスは今、そのライフストリームの一部になって世界を巡っている。


「…エアリスの意識が、わたしに流れ込んだ?」


それは少しだけわたしの心を穏やかにしてくれた。
——彼女が来てから、気づけばハルクの姿は消えていた。彼女がわたしを悪夢から救ってくれたのだとわかった。


「…そんなことのためにくるなら、古代種の都で何をしようとしてたのか、教えてくれてもいいのに…」


…まあ、そう上手くはいかないよね。
あの後も、一言だけ聞こえて、すぐに消えてしまったし。


窓の外は相変わらず一面の銀世界で、子ども達が駆け回り、雪だるま作りに勤しんでいる。きっと観光客なのだろう、雪を見て大はしゃぎしている小さな子ども達は世界の危機も、星の危機も、何も知らずにただ楽しそうに笑っている。その向こうに、街を歩く金髪の男の姿が見えた。クラウドはエアリスの死を見ても尚、旅を続けている。エアリスが守ろうとしたものはまだ此処にある。


エアリスは守れなかったけれど、エアリスが守ろうとしたものくらいは、守らせてほしい。もう、大切なものなんていらないから、どうか。