Can't be with or without you

「ユリア!来て!」
「…?ユフィ?どうしたの?」
「いいからとにかく、いそいで!」


部屋で朝食を取ってぼんやりと休んでいると、慌てた様子のユフィが部屋に駆け込んで、わたしを引っ張って外へと連れ出した。何があったのかわからないけれど、かなり真剣な表情だったので何も言わずに手を引かれるままに宿を出る。ユフィは迷わず1つの建物に向かって進み、明らかに民家と思しきその建物の扉を大きな音を立てて開いた。


「…みんな、どうしたの?」


そこにはわたし以外の全てのメンバーが揃っていた。
皆が複雑そうな表情を浮かべて一つの大きな機械を見ていた。


「…ここ、エアリスの生家みたいなの…」
「…エアリスの」
「…ここに父親の研究とエアリスが生まれた時のビデオが残っている。興味があるなら見てみるといい」
「みんなはもう、見たの?」
「ああ…」


彼らの表情を見る限りは決していい内容ではない——それはそうだろう。エアリスは実の親を知らず、この町から遠く離れたミッドガルで育ての親と共に暮らしていたのだという。それはつまりなんらかの理由で実の親からは引き離されたということ。


「…オレは北へ向かうための情報を集めてくる」


クラウドはそう告げて部屋を出てゆく。それにつられるように他のみんなも部屋をぞろぞろと部屋を出て行った。最後にこちらを静かに見つめていた男が赤いマントを翻して部屋の扉を閉めると、そう広くもない部屋だが少しのゆとりが生まれる。わたし一人が残された此処は静まり返っていた。


「…ヴィン、セント」


もう、考えないようにしようと。そう思っていたけれど。
あの日一歩近づいたのが間違いだったのだと今になって思う。簡単に人を心の内側に許してはいけなかったのに。


(——苦しい、)


なぜ此処にいるのかもわからないのに。
犯した罪が、消えるはずもないのに。


「…ガスト、博士の、研究資料…」


無理やりにそれを頭から振り払って、いくつかあるビデオを見た。ウェポンについて、(昔の)星の危機について、など、いくつかあるビデオを順番に再生してゆく。画面の向こうには白衣の男と、優しげな、見覚えのある女性が二人で会話をしている様子が流れてくる。星のこと、「空から来た災厄」のこと。イファルナという女性の声は、もう二度と聞くことのできない彼女のそれに似ていて。


「……っ、う、」


語られる事実は知らないことばかり。星の声を聞く、純粋なセトラであるエアリスの母親の言葉。しっかりと聞かなければ、そう思うのに、流れる涙は止まらないどころか増すばかりで。


——ワタシはもう決めてますよ! 女の子だったらエアリス これしかありません!
——もう、勝手な人ね…… でも、エアリスってイイ名前ね!ウフフ……あなたのカタイ頭で考えたにしては上出来じゃないかしら


「エアリス…っ」


幸せな家族の時間。真ん中で泣いている赤ん坊はもう、いない。そしてこの二人も。


——ガスト博士、わかってくれますよね。この星の運命を変えることができるんですよ!
——だいじょうぶだイファルナ! ワタシは、こんなヤツらには負けない!
——ムダな抵抗はしないで下さいよ。大事なサンプルに傷をつけたくないですからね


宝条。神羅カンパニー科学部門統括の男。
名前だけは何度も耳にした。顔を見たのは初めてだったが、なるほど、マッドサイエンティストを絵に描いたような男だと思った。


こうしてミッドガルに連れられ、イファルナという女性は死んで、エアリスが残されて。
——エアリスも、また。


全ての映像を見終わってもしばらく涙が止まらなかった。旅の間はこういう時に必ず隣にいてくれた人がいた。それを自ら突き放してしまったので、エアリスが生まれた場所でひとり、涙が止まるまで座り込む。


エアリスに会いたいという気持ちと、彼が、隣にいてくれたらいいのにと、そう思う気持ちと。それが混ざり合って胸が苦しい。思い出を過去にするにはまだ早すぎるし、心の境界線を引き直すにはあまりに、その内側にその存在を入れてしまった。


「…部屋で、休もうかな」


一頻り泣くと体が倦怠感を訴えていた。もともと午前中くらいは休もうと、そう考えていたのを思い出す。慣れない雪原の旅は体力や気力を消費したし、それ以上にいろいろなことがあって、今もたくさんの情報が一度に流れてきて。少し落ち着く時間が欲しいと、そう思った。


ハンカチで涙を拭うと、立ち上がった。
数時間前に閉ざされた扉をもう一度開く。そうして、扉の近くの壁に寄りかかっていた男を見て、固まった。


「っ、ヴィンセント、」


どうして。
戸惑いがそのまま声に出た。ヴィンセントは少し困った表情を浮かべて、それでもそこに立っている。わたしの目を痛ましげに見て、そっと手を伸ばした。


「っ」
「すまない、」


思わず一歩後ろに下がると、ヴィンセントははっとしたように手を下ろした。
——傷つけた。そうわかったが、何も言えなかった。


「…お前が、泣いているのではないかと、」


ヴィンセントは静かな声でそう言った。
赤く腫れた目はそれを認めているようなものだ。何も言えずに、俯いた。こうしていとも簡単に、求めていた片方が与えられることが、とても罪深いことのように思えた。


近づいてはいけない。そう思った。
思ったけれど、離れることもできなかった。


いつの間にか、隣にいないことが不安なくらいに、境界線よりも随分と遠くまできてしまったのだと、そう思い知らされる。心配げにこちらを見る瞳だけで、胸が痛い。


——嬉しいと思う自分がいるのが、苦しい。


「…ガスト博士、知り合い?」
「…ああ、ジェノバ・プロジェクトの責任者…」
「じゃあ、」
「セフィロスにジェノバ細胞を埋め込む計画を始めたのもガスト博士だ」
「…そっ、か」


近づくことも、離れることもできない。
ただこうして話しているだけで、どうしたらいいのか分からなくなる。それがどうしてなのかもう知っていて、でもそれは許されない。


「…ルクレツィアが心身に異常をきたしたのを見て計画の失敗に気づいたガスト博士は、計画を凍結し責任を取って神羅カンパニーを辞めた。以来どうしているのかは知らなかったが…エアリスの父親だったとはな」


彼にだって、忘れられない思いがあるのに。


「それから、本当の古代種の女性をみつけたんだ」
「…そのようだな」


それから何も言えなくなって、二人で黙り込んだ。
たくさんの事実と、複雑な感情が、頭の中を回って眩暈がした。


「…宿に、戻らない?」
「…ああ」


結局自分から離れることはできない。そう、思い知らされた。