a little secret


数日過ごしてロッドを買い換え、消耗品を揃えて暖かな食事を取っていると、だんだんと体調も上向いて、そのお陰か精神的にも落ち着きが戻ってくるのを感じられた。エアリスのことを忘れられたわけでも、あの声が聞こえなくなったわけでも、夢を見なくなったわけでもないけれど、とにかく先を目指して、セフィロスを止めようと思える。


そして、その目的のためにわたしは今ここにいるのだから、それ以外の余計なことはひとまず横に置いておこうと、そう考えた。思い悩むことは明日の自分にもできる。今日のわたしにできることは、ただ今やるべきことをすることだけ。犯した罪も、消えない傷も、また後で。それは逃げなのかもしれなかったけれど、それでも今の自分にとっては最善のことだと感じられた。


雪山を越えるための地図をもらってきたのはケット・シーだった。このぬいぐるみは自然にこの旅でスパイをやっていただけあって見知らぬ人との会話がうまい、と思う。とにかくその会話力のおかげで地図も手に入ったのだから万々歳だった。


けれど。


「え、スノーボード…?」
「うん、それ以外に…雪山を越える方法がないんだって」
「なる……ほど………」


レビテトとテレポを組み合わせればなんとかなるだろうか。スノーボードというスポーツはスピラにはなかったし、こちらに来てからテレビでしか見たことがなかったけれど、あんなことがわたしにできるわけがない。もともとさして身体能力の高くない魔導師だったわたしが、いくら死なないからと言ってあんなことをやって一人はぐれたらコトだと思う。


「まあ、私は魔法でどうにかするよ。みんなは…練習?」
「うん、明日1日練習して、明後日出発しようって」
「そっか、じゃあ明日は一人で情報集めてるね」
「ありがとう、今日もちょっと練習したいから行ってくるね」
「うん、またね」


ティファはそう言って部屋を出ていった。


「…レッドXIIIやケット・シーはどうするんだろう…?」


レッドXIIIは恒温動物に見えるし、板なしに滑り降りることもできるのかもしれない。ケット・シーの乗っているデブモーグリは色々大丈夫なんだろうか――摩擦熱とか、水とか、色々あると思うけれど、まあ今までほとんどなにも困ることなくここまできているのだし心配はいらないだろう。元タークスのヴィンセントや忍者であるユフィの身体能力には基本的になんの問題もないし、多分一番問題なのはわたしだと思った。


「…エーテル、買い足しておこう…」


一人になった部屋で、そう呟いた。







「あれ、あなたたしか…」
「っ!お前!」
「ひさし…ぶり?」


エーテルを買って宿へ戻る途中に神羅兵を連れた見覚えのある女性とすれ違った。兵達は明らかに警戒体勢をとっているけれど、さすがにこの静かな村の中心で戦闘をするのは難しいだろう。女性――イリーナはわたしをキッと睨み付けて、それから視線を逸らした。


「私の…ボスを助けたんだってな」
「え、ええと…ツォン?」
「そう…」


イリーナは怒ったような表情を浮かべている。ツォンを助けたことがなにか彼女の気に障ったのだろうかと考えたが、二人の関係などわたしが知る由もなく、ただ黙って頷くことしかできない。


「…どうせお前らにあの大氷河なんか越えられるわけないわ、死にたくなかったら諦めることね!」
「神羅はあの先に何があるのか、掴んでるの?」
「ヒ・ミ・ツよ!敵のお前たちに教えるわけないでしょ!」


イリーナは、行くよ!と後ろに連れ立っていた神羅兵たちに声をかける。
捕まえるでも戦闘するでもなく、見逃してくれるのだろうか。敵のわたしを。いくら街中とはいえ、それは少し意外なことに思えた――別に捕まえようとしてきたところで逃げる準備はできていたけれど。ぼうっと背中を見送るわたしに、小さな声が届く。


「ツォンさんのこと、助けてくれて感謝してるっす」
「…イリーナ?」
「…っ」


思わず名前を呼んだけれど、彼女は振り返らず、それどころか大股で逃げるように歩き去る。その後ろを、小走りの神羅兵が追いかけて行った。


ケット・シーも、タークスたちも、直接の恨みや、怒りがあるわけではない。プレート落下の実行犯はタークスだったのだと聞いたけれど、それで憎むほどには、この世界に対する執着は強くなかった――少なくともミッドガルに暮らしていた頃は。だから、こうして感謝を表明しておそらくただ見逃してくれた彼女が少し微笑ましく、また可愛らしく見えた。


その日の夜は、疲れ切ったティファとユフィが部屋に戻ってくるまで一人静かに過ごし、彼女たちがろくに会話もできずに倒れ込むように眠るのを見守った。途中で出会ったタークスのことは、黙っていることにした。


――別に深い意味があるわけじゃない。言ったところであまり意味はないし、言わなくて問題になるとも思わなかった。なんら重要な情報を得たわけでもない。ただ、7番街にわたしよりずっと愛着のあるティファや、神羅に対して複雑な思いがあるだろうウータイ出身のユフィに、余計なことを言って混乱させたくなかったので。


少し穏やかな気持ちで眠りにつける夜は、そうでない夜より幸福だ。
たとえその眠りの中で全てを壊すように『彼』がわたしを責め立てるのだとしても。


「…おやすみ」


もう深い眠りの中にいる二人に小さな声で、そう囁いた。